特攻隊
「特攻、か……。だが、そんな数の爆撃機はもう我が国に残っていないぞ?」
ローゼンベルク大将は言う。ゲルマニア軍が保有していた爆撃機は先の攻撃で使い切ってしまったのだ。大八洲が独自に製造していた分も同様だ。
「ご安心を、閣下。既にライラ所長とクリスティーナ所長に、特攻専用機の量産を始めてもらっています」
「特攻専用機……?」
「はい。小型軽量で、固定武装を全て廃した体当たり専用の機体です。我が総統には新型小型爆撃機として開発の許可を得ていましたが」
「そ、そんなものを……」
ゲルマニアの従来型の爆撃機はあくまで戦略爆撃機であり、高度性能だけは高いものの機動性には全く欠けていた。そこで近代的な戦闘機や急降下爆撃機のような小回りの効く機体が必要とされた訳である。シグルズは当初こそ普通の急降下爆撃機として運用するつもりであったが、最早その余裕はないとして特攻専用機として完成されたのだ。
「ともかく、この特攻専用機をある程度量産し、航空特攻を持続的に行うことが出来るようになれば、アメリカ海軍を殲滅して再び制海権を我が物にすることが出来るのです。既に我が総統からも許可は得ています」
「総統が……。それならば私としては逆らうことは出来ないが、どうして特攻じゃなきゃダメなんだ? 普通に爆撃するのではダメなのか?」
「はい。特攻の大きな利点は、敵艦の内部で爆弾の全てを一気に炸裂させることです。航空機そのものが運動エネルギーで敵艦の装甲を破壊し、内部で爆発を起こすことで、少量の爆弾で多大な損害を敵に与えることが出来ます。爆弾を積んでいなくても破壊力は十分ですし、航空機の燃料なども火力に加えられるので、正に爆撃機を余すところなく利用していると言えるでしょう」
特攻機とはつまるところ、人間が乗っていることを除けば対艦ミサイルも同じである。最も効率的な攻撃手段であることは疑いの余地もあるまい。
「……これだけは聞いておく。シグルズ、君はこんな自爆攻撃を兵士達に強いて、心が痛まないのか?」
「心、ですか。軍人がそんなことを気にしていては失格ですよ」
シグルズは半笑いに言った。
「ふざけないでくれ! 君はそんな人間ではなかっただろう!」
「…………仕方がないんですよ。結局人道的な戦い方なんて、余裕のある軍隊にしか出来ないんです。人類には余裕はありません。勝たねば皆殺しにされるのであれば、一部を捨て駒にしてでも勝たねばなりません」
「……分かった。ならば、そうするといい」
「はい」
シグルズとて本当はこんなことをしたくはないのだ。いくら人類を守る為とは言え、必ず死ぬ作戦に兵士を投じるのは心が痛む。だがそれでも、圧倒的大多数の人間を守る為に特攻は必要なのだ。しかしまだ特攻機の量産は開始されたばかり。まだ時間が必要だ。
○
特攻機については、100機が完成した時点でゲルマニアから東回りに輸送を行い、途中で大八洲の空母に載せ替えてヴェステンラントまで運び込むことになっている。特攻機は既に量産が開始されており、戦場に到着するまで2ヶ月程度と予想され、その間ヴェステンラント大陸東岸の制海権はアメリカ軍のものである。
人類軍は王都を囲うように防衛線を構築し、総力を挙げてこれを防衛していた。人間が多くいるところに集まるアメリカ軍はオーギュスタンの予想通り王都に殺到し、それより南に進軍することはなかった。今のところ状況はオーギュスタンの予想の範囲内である。
長期戦が予想されることから人類軍は王都を囲う塹壕線を構築し、ゲルマニア軍もようやく戦闘に参加し始めていた。シグルズも真っ先に最前線に立つことを希望し、アメリカ軍を迎え撃っている。但し人類最終防衛線の時とは役目が違う。
「シグルズ様、ヴェステンラント軍の青公オリヴィア様より、救援要請が届いています」
「よし。じゃあ行こうか。第88機甲旅団、出撃!」
シグルズは第88機甲旅団を指揮している。慢性的に食糧不足であるゲルマニア軍が可能な限り少数の兵で最大の戦果を出せる部隊を欲したことで、戦車も装甲車も定数通り与えられた完全体の第88機甲旅団である。
そしてその役目は機動防御における火消し役。防衛線を突破した敵を撃破する役目であり、人類最終防衛線においては装甲列車や大八洲軍が担っていたものである。
「友軍、既に敗走しているとの事!」
「ああ。随分と酷くやられているようだね」
現場に急行すると、すぐに防衛線から逃走するヴェステンラント兵の姿。機動防御においては正面の防衛線は突破されることが前提であり、これは問題ではない。まあガラティア軍などは一歩も退く気はないようだが。
逃げる兵士達の間を数百の戦車が走る。防衛線だった場所に到着すると、死体で埋め尽くされた塹壕線をアメリカ軍が乗り越えようとしていた。
「青の国の軍勢、撤退を完了しているとのこと!」
「よし。なら遠慮することはない。全戦車、火炎放射を始めろ!」
塹壕線で物理的に足止めを喰らっているアメリカ軍に、機甲旅団は炎の嵐を浴びせたのであった。