ミズーリ撃沈作戦
王都には早速敵が攻め寄せて来た。既に破壊され尽くしている王都には籠城など望むべくもなく、人類軍は王都の東方に野戦陣地を築いてアメリカ軍と戦っていた。地上の守りはガラティア軍が、空からの攻撃や騎兵による攻撃は大八洲軍が迎撃するという算段で、今のところは上手くいっている。
長尾左大將朔と鬼庭七石桐の率いる精強な魔女隊はアメリカの魔女を寄せつけず、晴政が自ら率いる騎兵隊は敵の騎兵隊を積極的に殲滅して回っていた。地上で敵の主力部隊と正面衝突するガラティア軍のファランクスもアメリカ兵をほとんど一方的に葬った。
ゲルマニア軍はと言うと撤退のゴタゴタでまだほとんどの部隊が参戦出来ていないが、少数の砲兵隊が遠方のアメリカ軍に砲撃を浴びせ、その数を少しでも減らすことに貢献している。
「大八洲勢は今のところ優勢。この程度、どうということはありません」
「ガラティア軍も、圧倒的に優勢です」
「ふむ。こちらは暫くは問題ないだろう」
オーギュスタンは逐一報告を受け取りながら指揮を執っていた。相変わらず彼自身が戦場に出ることはない。
「さて、それではそろそろ、ミズーリを沈める方法を考えなければな」
「何かお考えがおありなのですかな?」
ゲルマニアの東部方面軍総司令官、ローゼンベルク大将はオーギュスタンに問う。
「一つだけ、な。最悪の考えだが」
オーギュスタンの言葉は歯切れが悪かった。
「最悪な考え?」
「ああ。しかしもう一刻の猶予もない。最早、これに頼るしかないだろうな」
「そんなに勿体ぶるのは一体……」
「あれを使うのだ、あれを」
オーギュスタンが指差した窓の先には、運河を渡る三隻の鋼鉄の船。その船には大砲の類が全くと言っていいほどなく、平たい甲板に檣楼が一つだけある。
「航空母艦、ですかな。しかしあんなにありましたか?」
「鳳翔に加え、大八洲が新たに建造した航空母艦、蒼龍と飛龍にも来てもらった。これが初の実戦になるだろう」
「いつの間にそんなものが」
「この三隻に、全てを賭ける」
オーギュスタンが提案した作戦は、直ちに実行されることとなった。
○
数日後。ミズーリの艦橋にて。
「大統領閣下、新手の艦が現れましたぞ」
トルーマンはルーズベルトに報告した。ミズーリをすっかり気に入ったルーズベルトはここを大統領官邸の如く扱っている。
「新手? ゲルマニアの型落ち戦艦かね?」
「いえ、空母のようです。空母が三隻現れました」
「ああ、そう言えば大八洲は空母を保有していたのだったな」
「空母を相手にしてはミズーリでは分が悪いと思いますが……」
「何を言っているのだね。奴らの航空機は極めて原始的。ミズーリの対空砲火で落とせない訳がなかろう。よしんば落とせなかったとしても、この世界の爆弾でミズーリにいかほどの損害が与えられるのだね?」
「確かに、無用の心配でしたな。敵の航空機など全て落としてやりましょう」
実際、かつて遥かに性能の高い日本軍の航空機を相手にしていたアメリカ軍の対空砲火で、ゲルマニアの爆撃機を落とせない筈がない。ルーズベルトはミズーリから攻撃を仕掛けることはなかった。
「ふむ……敵の爆撃機はおよそ120機。なかなかの量ですな」
レーダーを見ながらトルーマンは呟く。
「大したことはないよ。全艦、戦闘配置。奴らを全て落としてやれ」
「始めますか」
ミズーリに搭載される150門を超える対空砲。ルーズベルトの命令一つでその全てが稼働し始める。だが、対空砲火が始まる前に大八州軍の行動にトルーマンは違和感を持った。
「やけに高度が低いようです。あのままではミズーリに正面衝突しそうなものですが……大統領閣下?」
その時、ルーズベルトは艦橋の窓ガラスから敵を眺めて固まっていた。
「あの、どうされたんですか、閣下?」
「実に、実に素晴らしい。彼らはミズーリに特攻をするつもりだ!」
心底感動したような声で。
「はあ……」
「分からないのかね、トルーマン君! 彼らはまさに、この戦艦に特攻をしようとしているのだ! 実に美しいことではないか!」
「私にはよく分かりませんが、それよりも、特攻してくるんだったら猶更落とさなければなりません」
「ああ、その通りだな。彼らの本気に私も応じてやらねばならない。全艦、対空戦闘を開始せよ!」
海面のすぐ上を編隊を組んで飛行する爆撃機の群れ。爆撃機と言っても戦略爆撃機であり、機動性など皆無。一直線に飛行することしか出来ない。ルーズベルトが対空砲火を始めさせると、次から次に炎上して墜落していった。だが彼らがその行動を止めることはなかった。
「これこそまさに、命を捨てた戦いだ! まさかこの世界でもこんな美しいものが見れるとは!」
「大統領閣下、真面目にやってください!」
大八州の爆撃隊とミズーリまでの距離は僅かに2キロパッススほど。だがまだ半分は残っている。彼らがミズーリに到達するまで40秒ほどであろう。
「ああ、すまないすまない。だが私は、彼らが爆発して散るところが見たいのだ」
「何を言ってるんですか、閣下!」
何故か対空砲火が弱まる。爆撃機はトルーマンの肉眼で細部が確認出来る距離まで迫った。