制海権の喪失
シャルンホルストもグナイゼナウも至近距離からミズーリの総攻撃を受け、辛うじて浮いているだけと言った有様であった。今や攻撃力も機動力も残されていないのである。
さて、そんなミズーリの艦橋でミズーリを指揮しているのはルーズベルトであった。ついでにトルーマンもいる。
「まあ結果は見えていましたが、これで終わりましたな」
「ああ。ゲルマニアの戦艦と我々の戦艦とでは、工作精度というものが違う。彼らに勝ちの目など、最初からなかったのだよ」
「たったの1ヶ月くらいで主力艦を建造されたら、たまったものではありませんな」
「まあ、私もあまり、圧倒的な力を見せつけてしまうのは好きではないのだがね」
ルーズベルトが造り出したミズーリは、かつてアメリカ合衆国が保有していた戦艦ミズーリの完全な複製である。幾多の技術革新や戦訓を経て改良され切った設計のミズーリに、ぽっと出のゲルマニア海軍などが勝てる筈がないのである。
「それで、大統領閣下、こいつらはどうされるのですか? もう戦闘能力が残っていない訳ですが、全員殺しますか?」
「どの道シャルンホルストもグナイゼナウも沈むのだ。ここは一思いに死を与えた方が、慈悲深いというものではないかな?」
「ふふっ、大統領閣下のご自由に」
「そうするよ。全主砲、シャルンホルストとグナイゼナウに向けて斉射」
ルーズベルトが操る機械のような兵隊は、無抵抗の人間を殺すことにも全く容赦はない。既にボロボロになったシャルンホルストをミズーリの主砲弾が貫き、シャルンホルストは大爆発を起こして真っ二つに避け、大渦の中に沈んでいった。グナイゼナウも同様であった。
「どちらも撃沈を確認。生存者が何人か浮かんでいますが、どうされますか?」
「アメリカ軍が人道に配慮するとでも思ったのかね?」
「左様ですな。勝手に溺死してもらいましょう。しかし、あんな時代遅れの戦艦とて、命を張れば多少はミズーリにも傷を付けれれるようですな」
シャルンホルストとグナイゼナウが突撃した左舷はぱっと見で分かるほどに船体が凹んでいる。周囲の副砲も数門破壊されてしまった。まあミズーリ全体から見れば些細な損害に過ぎないのだが。
「船体が凹んだのは流石に現地では直せないでしょうから、中破になりますかな」
「それはそうだが、修理を行う能力は残念ながらなくてね」
「そうなのですか? いくら堅牢な戦艦と言えど、修理が出来ないのは問題では……」
「壊れたらまた次のを造ればいい。それがアメリカ資本主義というものではないかな?」
「まあ、それもそうですな。軍産複合体を儲けさせなければ」
「分かってるじゃないか」
シグルズと同様、ルーズベルトは過去に存在した兵器を造り出すことは出来ても、部分的に修繕するような器用なことは出来ないのである。とは言え、人類最強の戦力を以てしても航行に支障が出る損傷すら与えられなかったミズーリを、果たして誰が止められようか。
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ACU2316 6/8 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン
「――シャルンホルスト、グナイゼナウ、共に轟沈。シュトライヒャー提督閣下も、戦死なされました……」
「う、嘘だろ……」
ゲルマニア海軍が誇る主力艦隊が一瞬で全滅した。その報告をいち早く受け取ったヒンケル総統は、それを信じるのに幾らか時間を要した。しかしシュトライヒャー提督が死の直前まで寄越した報告は十分具体的であり、信じざるを得なかった。
「アメリカ軍の戦艦、ミズーリ……。そんなものが現れるとは……。確かにヴェステンラントのものは複製出来て我が国のものを複製出来ない道理はないが……」
「しかしイズーナ級と違い、ミズーリはシャルンホルストの複製ではありません」
フリック大将は言った。
「まあ、確かにな。イズーナ級はそっくりそのまま現れたが、ミズーリは我々も見た事のない大戦艦だ。これはどう見るべきか」
「アメリカの手の内など、考えるだけしょうがないと思いますが……」
「それもそうか。奴らは何もかもが我々の理解を超えた存在だ。ライラ所長、この戦艦に勝てるのか?」
三角帽子を被った絵に描いた魔女のような格好をした女性、帝国第一造兵廠のライラ所長に総統は問う。
「うーん、そうだね……。報告を見る限り、ミズーリは私達の水準を遥かに上回った技術で建造されている、5世代くらい上の戦艦だろうね。まあ20年くらい経てば、私達でも同じくらいの戦艦が造れるようになると思いますよ」
「…………真面目に答えてくれたまえ」
「事実を述べただけなんだけどなあ。まあ、もう少し詳しく言えば、ミズーリは戦艦を撃沈する為に造られた戦艦といった感じだよね。武装配置は主砲に重きを置いて、この世界に存在する攻撃手段に対しておよそ過剰な装甲を持っている。これを正面から撃破するのは、無理だと思うな」
地球の基準で言えば前弩級戦艦の域を出ないシャルンホルスト級と、超弩級戦艦のミズーリ。技術と戦術の革新をあと何回か経なければゲルマニアに勝利はないと、ライラ所長は断言した。