時間稼ぎ
ACU2316 6/5 旧第五戦区
人類最終防衛線の維持が不可能と判断したオーギュスタンは全軍に撤退を命じた。それと同時に、200万の部隊を撤退させる時間を稼ぐ必要が生じた。アメリカ軍が東進するのを食い止める為、オーギュスタンは人類最終防衛線に直交する防衛線を急遽構築させ、その攻撃を防がせていた。
この防衛線を指揮するのは大八洲の老将、毛利周防守である。装甲列車と大八洲の精兵で固めた防衛線は、塹壕がなくともそう簡単に突破されはしない。毛利周防守は防衛線の後方にどっしりと本陣を築き、悠々と指揮を執っていた。
「申し上げます! 左翼に敵勢、およそ五万が迫っております!」
「五万か。大したことはない。その場で迎え撃たせよ」
「はっ!」
大八洲の基準で言えば大大名の動員兵力であるが、毛利周防守は特別な対処を行う必要はないと判断した。
○
「装甲列車、砲撃を開始してください!」
さて、装甲列車の中から現場指揮を執っているのは青公オリヴィアである。儀礼的にはオリヴィアの方が格上であるが、実戦経験の差から毛利周防守の方が総司令官になっていた。オリヴィア自身もこの決定に異論はなかった。
装甲列車に備え付けられた列車砲が真っ先に砲撃を開始する。ゲルマニア陸軍が保有する最大の火砲はまるで噴火のような爆発を起こし、アメリカ軍を吹き飛ばす。しかしゲルマニア軍も火砲の多くを失っており、長距離で使える大砲はこの二門しかなく、五万のアメリカ軍を食い止めるにはとても足りない。
「アメリカ軍、特に変化はありません」
「所詮は景気付けです。列車砲自体に期待することは出来ないでしょう」
「敵軍、まもなく機関銃の射程に入ります!」
「分かりました。全機関銃、そして迫撃砲、攻撃を開始してください!」
装甲列車の火力を全て投入すると、アメリカ軍も弩による攻撃を開始した。装甲列車のすぐ前にいる大八洲兵の頭上を大量の銃弾と砲弾と矢が飛び交う。装甲列車は当然歩兵の攻撃などでは傷も付かず、反対にアメリカ兵はみるみるうちに数を減らした。
「敵兵、もう半分は削ったかと」
「上々の成果です。予定通り、アメリカ軍が迫撃砲の射程の内側に入り次第、白兵戦を開始します」
「はっ!」
迫撃砲は兵士一人で扱えて簡単に数十人を殺傷出来るよい兵器だが、砲弾を上に放って放物線を描かせ地面に命中させる性質上、至近距離を狙うことが出来ない。オリヴィアはこの迫撃砲の射程の下限というのを、一種のしきい値としていた。
「敵軍、迫撃砲射程圏を通過しました!」
「分かりました。これより白兵戦闘を開始します。地上部隊は出撃してください!」
盾に身を潜めていた大八洲兵とヴェステンラント兵。オリヴィアの号令で五千ほどの兵士が盾を持ち射撃を凌ぎながら突撃する。そして敵が目前に迫れば盾は必要なくなり、兵士達は剣を抜いて敵勢に斬りかかった。大八洲の武士は圧倒的な剣技を以てアメリカ兵を次々斬り倒し、ヴェステンラント兵も互角以上の戦いを展開する。
大八洲軍が攻撃、ヴェステンラント兵が防御という役割分担で戦闘を行うことで、武士達は背後を気にせず存分に戦うことが出来、アメリカ兵を大いに圧倒した。彼らが剣を振るう間にも装甲列車からの攻撃は後方の敵を殺害し、アメリカ軍の数はみるみるうちに減っていった。そうしてアメリカ兵は死に絶えたのであった。
「敵軍、全滅。我が方の損害は千ほどです」
「損害比が五十倍、ですね。みなさん、よくやってくれました」
装甲列車による援護があるとは言え、圧倒的な戦果である。しかしこれでも、魔導戦力の五分の一を失ってしまった。やはりアメリカ軍の物量は余りにも多い。いや、正確には、アメリカ軍は無限に増援を得ることが出来て、いかなる損害をも気にしないのであった。
「ここも、暫くは持ちそうですね」
「ええ、まあ。少なくとも友軍が撤退するまでの時間くらいは稼げそうです。それだけは、不幸中の幸いでした……」
オリヴィアは溜息を吐いた。
○
一方その頃。王都ルテティア・ノヴァもまた、危機に瀕していた。人類最終防衛線が破られ、アメリカ軍は王都に向けて進軍を続けているのである。
「も、申し上げます。アメリカ軍、総勢およそ100万、王都に迫っております……!」
「100万か。まったく、ふざけた連中だ」
ヴェステンラントの総兵力より多い敵が進軍しているという事態にあっても、オーギュスタンは普段の飄々とした態度を崩さなかった。
「どうするのかな、オーギュスタン?」
ガラティア皇帝アリスカンダルは問う。百万の魔導兵が進軍中という絶望的な状況、跳ね返す策はあるのかと。
「残念ながら、こんなものはどうしようもないでしょうな。王都はゲルマニア軍が徹底的に破壊してくれたお陰で防衛機能もなく、裸城も同然。放棄して逃げる他ありますまい」
「左様か。ならば、我々が時間を稼いでやろう」
「ほう」
「我が精鋭なるファランクスの軍団は、十倍の敵ごとき恐れはせぬ」
「では、畏れながら、陛下に王都防衛をお任せしたく存じます」
「任せれた。我が軍の勇姿、全人類に見せておきたかったからな」
奥の手も奥の手、王都に駐留するおよそ10万のガラティア軍が遂に動くのである。