戦いの結末
「心臓さえあれば復活するのであれば、やはり、修復の魔法は勝手に発動すると言ったところか」
「はあ」
魔法というのは人間の意思を形にしたものであり、その発動には当然脳みそが必要である。そして脳がなくとも魔法が発動するのであれば、それは肉体が損傷した場合に魔法が勝手に発動するということだ。
魔法が自動的に発動するというのは一般的には好都合だろうが、もしも体の再生を阻害されたらどうなるだろうか。心臓は勝手に魔法を発動させ続け、魔法の使用枠が一つ失われる。流石のイズーナとて、同時に一つの魔法しか使うことが出来なければマトモに戦うのは難しいだろう。
全ては女王ニナの洞察力あってのことである。
「さてシグルズ、それではこやつの心臓を抉り出して氷漬けにしようではないか。永遠に氷漬けにしておけば、こやつは最早復活出来ない」
「なるほど……。じゃあよろしくお願いします」
「うむ」
ニナは氷を破ってイズーナの胸に下から手を突っ込み心臓を抉り出して、抜け殻になった肉体は投げ捨てた。そして再び氷漬けにしようとした――その時であった。
「なっ、何故だ、魔法が……」
ニナは心臓を凍らせることが出来なかった。それどころか、彼女の背中の羽が突然に消えた。
「あ、ちょ、大丈夫ですか!?」
シグルズは咄嗟にニナを抱き留めた。ニナはしっかりとイズーナの心臓を握っていたが、凍り付くようなことはなく、いつも通り煌々と紫の光を放っていた。
「ええと、何がどうしたんですか?」
「どうやら、魔法が尽き果ててしまったようだ。まさか余が、エスペラニウムを使い切るとは」
基本的に魔女は自らのエスペラニウム使用量を見極めることを最初に訓練されており、エスペラニウムを使い切るなどということはない。だが常軌を逸した敵を相手にして、ニナは魔法を使い過ぎてしまったのである。今のニナは何の力もないただの少女だ。が、すぐにその顔が青ざめる。
「……マズい。その心臓、放っておいたらすぐに復活するぞ!! 早く凍り付かせるなり埋め立てるなり何とかしろ!!」
シグルズの腕の中で叫ぶニナ。が、シグルズにそんなことは出来ない。
「そ、それはそうでしょうが、僕は武器を作るくらいしか魔法が使えないんですよ。まあ炎くらいは出せますけど」
「お前……ゲルマニア最強の魔女の癖に情けないぞ」
「そう言われましてもね……」
と言っている間に、心臓が輝きを増してきた。そろそろ復活しそうである。
「クソッ。やむを得ん。その心臓を可能な限り遠くに吹き飛ばせ!」
「わ、分かりました」
シグルズは野砲を造り出すと、イズーナの心臓を砲口から詰め込んで、容赦なく引き金を引いた。イズーナの心臓は数キロパッスス先に飛んで行った。
「これでよかったんですか?」
「余も殺されたくないのでな。しかしイズーナを殺し損なってしまった。同じ手が二度と通じるとも思えん」
「どうしましょうね」
「奴が再生すれば、対抗出来る魔女など最早おらん。人類最終防衛線は終わりだろうな。一先ずは、余を友軍のところに連れ帰ってくれるか?」
「それはもちろんです。一先ずはイズーナのことは考えないようにしましょう」
人類が終わることを予感しつつ、シグルズは人類最終防衛線に帰投することにした。が、そんな一時の安寧を楽しむ余裕すら、天は与えなかったようだ。
「何か、来る……」
シグルズは強力な魔女が近くにいるのを感じた。
「まさか、イズーナがもう来たのか?」
「そのようです。陛下、どうしますか? 僕には正直陛下を守りながら戦える気がしません」
「だろうな。余のことは置いて行って、お前は逃げよ。このことを知らせる者が必要だ」
「……死ぬ気ですか?」
「それでも構わぬ。イズーナならば恐らく、ヴェステンラントを滅ぼした後にアメリカも滅ぼすであろう。それは余の望んだことだ。余を囮にして、お前は先に行くのだ」
「…………そうですか。どうかご無事で」
シグルズはニナを置いて一人逃げ去ることにした。どの道イズーナに勝てないのであれば、逃げる他に選択肢はないのである。
「おーい! 始祖イズーナよ! 余はここにおるぞ!!」
「……!」
魔法も使えない少女など気にする必要もない筈なのに、イズーナはニナの呼び掛けに応じた。
「何故に、逃げも隠れもしなかった?」
「余はヴェステンラントの女王である。敵を前にして逃げるなどあり得ぬ」
「無意味な、ことを。私が殺そうと思えば、お前など造作もなく、殺せると言うのに」
「で、あろうな。しかしお前は余を生かしている」
「我が末裔。そう簡単に殺すは、面白くない」
「面白い、か。お前にもそういう感性はあるのだな」
「……お前は、何がしたいのだ?」
「イズーナよ、お前に一つ問いたいことがある。お前は、事が済んだらアメリカも滅ぼす気だろう?」
「…………ああ、そうだ。私を殺したのは、ルーズベルトなのだから」
「そうか。ならば、余にはもう心残りもない。とっとと殺すがよい」
「そう、か」
イズーナは埃を払うかのように、ニナの首を切り落とした。