崩れる城Ⅱ
「対空機関砲、高射砲、全門撃ち方始めっ!!」
対空戦闘を開始するアトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲン。機関砲の弾丸は魔女の身体を粉砕し、高射砲の榴弾は数十の魔女を巻き込んで叩き落とす。しかし幾分大砲の数が少なく、アメリカ軍を食い止めることはまるで出来なかった。
「と、とても止められません!」
「クッ……白兵戦用意! 敵兵は一人として、艦内に入れてはならん!」
「し、しかし、兵士が足りません!」
「……主砲要員を白兵戦に回すんだ! 彼らとて訓練された兵士。戦えないとは言わせん」
主砲を取り扱える兵士は限られており、ここに至るまでずっと温存されていたが、レーダー中将は彼らも白兵戦闘に投入することを命じた。もしも敵の魔女が艦内に侵入すれば、中にいる民間人が虐殺されることは考えるまでもない。しかし中将の予想は思わぬ方向に裏切られることになる。
「て、敵軍、本艦を通り抜けていきます!」
「何!? どこに向かっている!?」
「あれは……後方の輸送艦隊です!」
ゲルマニアの旧式木造船。蒸気機関は積んでいるものの、戦闘能力はアトミラール・ヒッパー級と比べて雲泥の差である。魔女を相手になど全く何の役にも立たないだろう。それが、民間人を大勢乗せたそれが、アメリカ軍の攻撃を受けようとしているのである。
「と、止めるんだ!!」
「無理です! 火力が全く足りません!」
二隻の戦艦の火力では、戦艦を無視して突き進むアメリカ軍を殲滅することなど到底不可能であった。アメリカの魔女の半数以上が戦艦の上空を通過し、無防備の輸送船を襲った。
「輸送船団、攻撃を受けています!!」
「救援に向かえ! 急げ!!」
「し、しかし、地上からは今も避難民が……」
「まずは目前の命の危機を救うんだ! 早くしろ!!」
城内の避難民の受け入れは捨て、アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは輸送船団の救援に向かう。だが、戦艦達が動き出す前に木造船など沈められてしまう。
「ゆ、輸送船、次々と沈められています!」
「難民達が、殺されて……」
「クソッ!! 悪魔共め!!」
アメリカ軍は輸送船をあっという間に撃沈し、海に投げ出された民間人を上から攻撃し、虐殺を繰り広げる。海は赤く染まっていた。
「奴らを撃て!! 一人残らず殺せっ!!」
駆けつけたアトミラール・ヒッパーは救助活動を行いながら、魔女を攻撃する。それに対してアメリカ軍は救助を行う兵士達を集中的に攻撃し、人々を海から救い出すのを妨害する。
「こいつら、救助活動か民間人を積極的に狙っています!」
「これが、仮にも命を持った存在のすることか……?」
アメリカ軍の目的は戦術的な勝利ではなく、人を殺すことであった。だから彼らは、自らにとって脅威となる戦艦よりも、命からがら木片にしがみついている無辜の民を狙うのだ。
と、その時であった。突如として無数の矢のようなものがアメリカの魔女に飛来し、片っ端から刺し殺した。
「こ、これは……」
「クロエ殿だ。大怪我を負われたと聞いていたが、大丈夫なようだな……」
ようやく目を覚ましたクロエが、片腕を失いながらもアメリカ軍を討ち滅ぼし、人々を救いに来たのだ。一通りアメリカ兵を殺すと、彼女は艦橋に直接やってきた。
「と、扉を開けろ」
「はっ!」
レーダー中将はすぐにクロエを迎え入れる。クロエは右腕が付いていたところに包帯を何重にも巻いた痛々しい姿をしていた。
「腕が……。それほどのお怪我を負いながら、我々の為に……」
「私の民の為ですよ。それはともかく、これほど輸送船を沈められて、民を収容出来ますか?」
「それは……残念ながら、厳しいかと。戦艦に詰め込めるだけ詰め込んだとしても……」
「こちらでも魔女達に人を運ばせるつもりですが、正直言って焼け石に水でしょうね」
「一体、どうすれば……」
「簡単なことです。我が軍の兵士達がここに残り、アメリカ軍を相手に玉砕します。そうすれば、十分空きがあるでしょう?」
「そ、そんな馬鹿な……! 友邦たるあなた方を置き去りにするなど……!」
「いいんです。元より兵士は、民を守る為にいるものです」
「そ、それはそうでしょうが……」
「選択肢などありません。市民の避難が完了し次第、ゲルマニア艦隊は直ちに出港してください」
今や兵士も市民も全て収容することは不可能である。誰かを置き去りにするしかないのだ。
「……分かりました。どうか、ご武運を」
「ありがとうございます」
クロエは飛び立った。ゲルマニア艦隊は引き続き避難民の収容を行う。そうして2日ほどが経過した。アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは船室から甲板上に至るまであらゆるところが人で溢れている。
「これで、市民のほぼ全てを収容し終えました。ここに来ていない者は、残念ですが見捨てる他ないかと」
もしかしたら自力で歩くことが出来ずアトミラール・ヒッパーまで辿り着けなかった人がいるかもしれない。だがそこまで気を遣っている余裕は、彼らにはなかった。
「では、出航の用意を――」
「閣下! まだ我が軍の地上部隊が取り残されているようです!」
「何? 撤退命令はとうに出した筈だが」
「敵軍に包囲され、脱出出来ないようです!」
「何だと!? 今すぐ救援を向かわせるんだ!」
レーダー中将はそう命令したが、そんな余力はゲルマニア軍にはなかった。