最強の敵
「一応、警告しておいてやろう。私は、お前などより、余程強い。私の力の幾つにも分割した一つが、お前に過ぎないのだから」
「確かに、それはそうかもしれまそんね。しかし私は、ここを退く訳にはいかないんですよ」
クロエの後ろには何万という白の国の守るべき民がいる。長年忠節を尽くしてくれた家臣達がいる。そこでこんな化け物を野放しにする訳にはいかないのだ。
「そう、か。ならば、この場で排除させてもらおう。だが、お前はよい目をしている。命だけは、取らずにおいてやろう」
「何を勝ったようなことを――えっ」
「く、クロエ様!!」
その瞬間、クロエの右腕が構えた杖と共に吹き飛ばされた。何の音もなく、衝撃もなく、ただまるで、最初から接着されていなかったかのように、彼女の腕は彼女から離れていった。
「い、一体、何が……」
血が溢れ出す。衝撃が強すぎて寧ろ痛みは感じないが、いや、余りの痛みに感覚が麻痺しているだけかもしれない、クロエの意識は急速に遠のき始めた。すぐに空を飛ぶ魔法すらも維持出来なくなって、落下を始めた。
「クロエ様!!」
スカーレット隊長がすかさず受け止める。剣をイズーナに向けるが、とても勝てる気はしなかった。
「貴様! 何をした!?」
「ただ、腕を切り落としたまで。案ずることはない。その程度では、人は死なない」
「クッ……どうする……」
スカーレット隊長はクロエをかばいながら下がるが、彼女にはイズーナの攻撃を止められる気などしなかった。イズーナが一度決心すれば、二人は一瞬にして殺されるだろう。クロエは既に意識を失い、スカーレット隊長も冷や汗を流している。そんな様子を見て、イズーナは笑った。
「忠義者、だな、お前は」
「当たり前だ! 私が仕えるのはただクロエ様のみ!」
「そう、か。そのような者も、存在はするか。お前は生かしておいてやろう。だが、ヴェステンラントを許すことは、あり得ない」
「んなっ……」
イズーナが手をかざした途端、城壁の一角が崩れ落ちた。兵士も何人か巻き込まれて落下した。そしてその穴に向かって城を囲んでいたアメリカ兵が殺到し始める。とても食い止めることは出来ない。
「き、貴様、何ということを……!」
「さあ、どうする? どう抗う? 私は最早、これ以上、手を下す必要もない。好きにするといい」
「その言葉、偽りはあるまいな……」
「私は、嘘は嫌いだ」
スカーレット隊長はクロエを抱えながら速やかに、城の中心部にある司令部に戻った。司令部はクロエが不在の中すっかり混乱していたが、右腕を失って気絶しているクロエを見てますます収拾がつかなくなってしまった。
「で、殿下!?」
「い、一体何が起こったんだ!?」
「落ち着けお前達!! 誰でもいいからまずはクロエ様の傷の治療を早くしろ!!」
「は、はい!」
スカーレット隊長は将軍達を黙らせ、クロエの治療をさせる。
「……城壁が崩れた。一体、何があったのですか?」
「その仔細は後で説明する。ともかく、敵が城内に侵入したことは間違いない。戦える部隊をかき集め、時間稼ぎをするんだ!」
「時間稼ぎ……? この城を捨てると?」
「ああ、そうだ。城壁を破壊された以上、ここはもう持たない」
「そ、それはそうだが……」
「避難民達は、どうするおつもりなのですか?」
「ちょうどゲルマニアの船がそこに停泊しているだろう。ゲルマニアに頼み、民を逃がす。急げ!」
「はっ!」
ゲルマニアの戦艦ならば相当な人数を詰め込むことも出来るだろう。少なくともこの城に逃げて来た民くらいは救える筈だ。スカーレット隊長はゲルマニアへの打診と住民の避難を指示し、同時に自らは最前線に敵を食い止めに向かった。ゲルマニア軍は即座に状況を理解し、避難に協力すると共に、数は少ないものの援軍を送ってくれた。
○
「――死守せよ!! アメリカ兵を一人として、ここから通すことは許さん!!」
「「おう!!」」
魔法で柵を並べ、簡易的な防衛線を構築したヴェステンラント軍。その直後にはアメリカ軍が襲いかかってきていた。視界を埋めつくし、どこまで奥にいるのかも定かではない獣の群れだ。
「魔女隊、攻撃を開始せよ!! 歩兵隊、奴らに柵を越えさせるな!!」
「「おう!!」」
コホルス級の魔女達は上空から一方的に攻撃を行い、アメリカ兵の数を少しでも減らそうと試みる。だが動ける魔女は既に千程度に減少しており、敵の勢いを多少和らげることが出来たに過ぎなかった。
上空のことなど気にせず、アメリカ軍はヴェステンラント軍の建てた柵に向かって一直線に行進してきた。
「殺せ!! 誰一人として生かすな!!」
「「おう!!」」
スカーレット隊長は柵に引っかかり乗り越えようとしたアメリカ兵の胸を突き刺す。直ちに剣を抜いてすぐ横のアメリカ兵の首を斬り落とし、その勢いのまま次の敵の心臓を貫く。兵士達もそれに続いて次々にアメリカ兵を殺害したが、彼らは死体を足場にして柵を越えてきた。
「て、敵が多過ぎます! 我々だけではとても、食い止めることなど出来ません!」
「クッ……」
戦闘開始から僅かに三十分程。既に数ヶ所で柵が突破されている。