マキナの正体
ルーズベルトの体は真っ二つになり、血と臓腑が切断面から溢れ出す。ルーズベルトが心臓を突き刺しても死なないことを知っているマキナは彼の肉体は微塵切りにしようとしたが、次の瞬間、胸から上だけになったルーズベルトがケタケタと笑い出す。
「はははっ、まったく、容赦というものが一切ありませんな」
「貴様……その状態で喋れるとは、一体どうなっているんだ」
「頭だけになっても平然と生きているあなたがそれを言いますか? それに、このような魔法を使える者はヴェステンラントにいる筈ですよ」
そう言うと、真っ二つになったルーズベルトはくっついて人間の形を取り戻し、汚れ一つない姿でマキナの前に立ち塞がった。
「……シャルロット様の魔法とでもいいたいのか?」
「ええ、いかにも。先程申し上げたでしょう? 私はあなた方に出来ることならば何でも出来るのですよ。しかも彼女とは違い、私の魔法は無限。真の不死身という訳です。まああなたにとっては、そう驚くべきことでもないかもしれませんが」
「なるほど。とは言え、不死身なだけの人間に、何が出来るというんだ?」
「不死身なだけ? そう見くびられるのは不本意です」
ルーズベルトの顔から気持ち悪い笑みが消えた。少々感情的になっているらしい。
「では私の魔法というものを、少々お見せしましょうか」
ルーズベルトがニヤリと微笑む。次の瞬間、マキナは足の方に焼けるような痛みを感じた。
「っ、凍りついている……」
マキナの両脚、膝から下が凍り付いていた。それも外から氷に覆われたという訳ではない。脚を構成する細胞の水分が全て凍りつき、細胞を破壊して脚が氷の塊と化していたのだ。普通なら一瞬で両脚を破壊されて平常心を保ってなどいられないだろうが、マキナは平然とそれを眺めていた。
「確かに、クラウディア様でもここまで出来るかは分からないな」
「それだけではありませんよ」
「…………」
ルーズベルトは剣を空中に作り出してマキナの左腕を切断し、右腕を鉄の骨が見えるまで焼き尽くした。マキナは特に抵抗することもしなかった。
「私に自らの力を見せつけて楽しいか?」
「そういう訳ではありません。ただ私の力をきちんと把握して頂きたかっただけですよ」
「そうか。ならば、そろそろお前には死んでもらおうか」
「おやおや……」
マキナは凍結した両脚を粉砕して即座に再生させ、左腕も再び生やし、右腕には肉と肌を纏わせた。たちどころに傷一つない状態に自らを再生させると、両手に剣を作り出し、弾丸の勢いでルーズベルトに斬りかかる。だが、その刹那であった。
「貴様、それは……!」
マキナはルーズベルトを切断する直前に、その動きを停止した。ルーズベルトは紫に輝く心臓の形をした石を彼女の目の前に掲げていた。マキナはどうしてか、それから目を離せなかった。
「イズーナの心臓……我が国の宝物をどうして貴様が持っている」
「女王陛下がせっせと各地から集められたものを拝借させて頂いたまでです。最後の一欠片はゲルマニアから盗んできましたがね」
「はっ、アメリカなど所詮は盗賊の徒党だな」
「盗賊とは、我々を舐めないで頂きたい。我々はれっきとした強盗殺人犯の徒党です」
「何を頭のおかしなことを。やはり貴様は殺すに限る」
「そうですか。しかし、何を躊躇っているのですか?」
「それは…………」
マキナは剣を振り下ろす気になれなかった。それはやはり、目の前にある心臓のせいだろう。
「何故イズーナの心臓を傷付けたくないのか、自身でも分かっていない様子ですね」
「……貴様はそれを知っているのか?」
「ええ、そうですとも。やはり私の推測は正しかった。あなたはイズーナの肉体そのもの、歩く死体なのですよ」
「何を、馬鹿な……。王家の始祖イズーナはとっくの昔に死んでいる。その死体など、骨すら残っていない筈だ」
「200年程度なら骨くらいは残っていると思いますが、それは置いておいて、どういう訳かは私にも分かりませんが、イズーナの死体が何らかの形で利用されているのは分かっていました。まさか死体が歩き回っているとは、つい先日までは思いませんでしたがね」
「……何のことだ」
「以前、大八洲で人類に宣戦を布告した時、今日と同じようにあなたの首を絞めましたが、その時に確信に近いものを得たのですよ。あなたは神の恩寵を受けた存在であると。完全な確信を得たのは、あなたが今、この心臓に強い興味を示したからですが」
「そんな、馬鹿なことが……」
マキナも否定出来なかった。目の前にあるイズーナの心臓に勝手に意識が向いてしまう。こんなことは彼女の長い記憶の中でただの一度もなかった。
「……で、そんなことを私に理解させたところで、貴様にとって何になるんだ? 私は、私の正体が始祖の死体を使った人形だとしても、クロエ様への忠義が曇ることはない」
「ええ、そうでしょう。ですが、あなたのその人格は仮初の、上辺だけのもの。本来の人格が戻れば、そんな心は消え失せてしまうのではありませんか?」
「そんなことが出来ると?」
「分かりませんが、やってみる価値はありそうです」
ルーズベルトは笑う。マキナは改めて、何があろうとこの男を殺さねばならないと決意した。