海上戦略
ACU2316 5/20 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
人類最終防衛線における戦闘が始まり、およそ一ヶ月が経過した。アメリカ軍は20隻以上のイズーナ級を建造し、それを使い潰しながらも確実に大量の兵士を送り込んでいる。戦力の限られるゲルマニア海軍は、今尚防衛線への強襲上陸を阻止するので手一杯であった。
「我が総統、申し上げます。またも、60万程度のアメリカ軍が上陸したようです。最終防衛線への直接攻撃は阻止しましたが……」
「そうか。次から次へと……これではいくら殺してもキリがないではないか!」
戦場は遠く離れているとは言え、そこでは200万のゲルマニア人が戦い続けている。ヒンケル総統は我が子のことを想うように、苛立ちを顕にしていた。
「わ、我が総統……」
「……すまない。気が動転してしまったようだ。何か、何でもいい、対処法はないのか?」
「対処法と申しますと、せめて稼働出来る戦艦を増やすことくらいでしょうが……」
南部方面軍のフリック大将は言った。ゲルマニア軍の重鎮の多くがヴェステンラント大陸に渡り、カイテル参謀総長も更迭された今、本土に残った将官の中で最も位が高いのは彼なのである。
「そうだ、それだ。グナイゼナウはどうなっているんだ? そろそろ投入出来るんじゃないのか?」
シャルンホルスト級戦艦二番艦グナイゼナウ。シャルンホルストが完成するより前から建造を始めていた、イズーナ級に対抗し得る戦艦である。
「お言葉ですが、シャルンホルストを建造していた期間は建造の準備をしていただけですし、陸軍への兵器供給を優先している為、グナイゼナウの建造は大幅に遅延しています」
いつも白衣を纏った女性、帝国の生産能力全般を牛耳るクリスティーナ・フォン・ザウケル労働大臣は答えた。ガラティアとの戦争、アメリカとの戦争、それらには大量の鉄が必要であり、彼女は帝国の生産能力を陸軍に振り分けていた。シャルンホルストが一隻あれば十分だと判断したのもあり、グナイゼナウの建造は予算の余りを使ってちまちまと進めていたに過ぎないのである。
結果として、グナイゼナウは未だ実戦投入出来る状態ではない。
「どこまで完成しているのかね?」
「船体はほぼ完成しています。主砲は現在、5基のうち3基が完成し、その他の艤装については全くです」
「シャルンホルスト級の装甲は既に完成しているということだな?」
「ええ、まあ」
「なら、火力が劣っていてもイズーナ級に対抗出来ることに違いはない。グナイゼナウを速やかに実戦投入するべきではないか?」
ヒンケル総統も無理な相談だとは分かっているものの、それくらいしか状況を改善する手段がないのであった。
「……まあ主砲が少ないのは許容出来ますが、対空兵装が全くないのは問題です。アメリカの魔女が襲いかかってきたらあっという間に制圧されてしまいます」
「対空砲の類ならば、地上で使っているものを載せればいいんじゃないのか?」
「対空機関砲ならそれで何とかなりますが……高射砲は流石にそのまま載せる訳にはいきません」
「対空機関砲があれば十分だ。今の我々には大八洲やガラティアもついている。艦が奪われることはあるまい」
「まあ、それも一理はありますが……」
シャルンホルストの対空兵装は敵の魔女を一人として寄せ付けないことを目的に装備されている。だが今はその必要もない。敵が乗り移ってきたとて白兵戦を互角以上に戦うことが出来る。ある程度数を削れればそれで十分なのだ。
「是非とも早急に、グナイゼナウを投入して欲しい」
「…………分かりました。すぐに仕上げをして竣工させます」
「何日かかる」
「今の段階から何も追加しないのであれば、10日ほどで」
「よろしい。それでグナイゼナウを投入するんだ。フリック大将も、異論はないな?」
「異論はございませんが……自分で言っておいてなんですが、戦艦を増やしたところで、敵は艦隊を細分化して逃げるだけかと……」
アメリカ軍は同時に6隻ほどのイズーナ級魔導戦闘艦を繰り出してくることが確認されており、これを完全に殲滅するには戦艦が6隻必要だ。
「上陸してくる敵の数が減るのなら、それでいいじゃないか」
「確かに。左様ですな」
かくして、ゲルマニア海軍は急遽、グナイゼナウの投入を決定したのであった。
○
一方その頃。ワシントンD.C.にて。
「――なるほど。ゲルマニアは戦艦を更に出てきたか」
「はい、大統領閣下。報告は以上です」
アメリカ合衆国戦略情報局のドノバン長官は、ゲルマニア軍の行動をいち早く察知しルーズベルトに報告した。
「幾らなんでも、艦隊を送り出す度に何十万の兵士が失われるのは非効率的と思いますがな」
トルーマンはこの気に、ルーズベルトに少々の苦言を呈した。撃沈されたイズーナ級にはそれぞれ十数万の兵士が載っており、その度に全員が死んでいるのだ。
「大量生産大量消費、数の力で敵を圧倒する。それがアメリカのやり方ではないかね、トルーマン君」
「それはそうですがな」
「まあ、君の言いたいことも分かるよ。兵士の命など何の価値もないが、せっかく造った軍艦が失われるのは不愉快だな」
「では、シャルンホルスト級を沈められる船を造ればよいのでは?」
「ほーう。分かってるじゃないか、トルーマン君」
「はあ……」
ルーズベルトとトルーマンは新たな策謀を開始するのであった。