第八戦区Ⅲ
「敵軍、陣地に侵入しました!」
「アメリカ軍め、棘に引っかかって立ち往生していますよ!」
「うん。それでいい」
アメリカ兵はもちろん氷の棘など気にせずその中に突っ込んだが、生身の人間ならギリギリ通れるくらいの間隔で敷き詰められた氷に鎧が引っかかり、それを無理やり引き抜きながら歩みを進めていた。氷の棘は単なる氷ではなく、黒の魔女たるクラウディアが作った鋼鉄の如き氷。魔導剣でもそうそう切断することは出来ない。
完全な壁を作ってしまうと流石のアメリカ兵も回避してしまうだろうが、こうして力づくなら通れそうな隙間を開けておくことで、アメリカ軍を拘束することが出来るのである。
そしてそんなことをしているアメリカ兵を人類軍の矢や銃弾が撃ち抜く。氷の逆茂木の入口はたちまちアメリカ兵の死体で満たされた。が、それは思わぬ結果を生む。
「アメリカ兵、死体を階段にして氷を登ってきます!」
「何? それはまた、酷いものだね」
積み重なった死体が足場として、アメリカ兵は氷の棘を一段越えた。もちろん氷の壁は何重にも張り巡らされているが、次の壁にも順次死体の段が完成すれば、いずれここも突破されてしまうだろう。
「もう3万は殺したと思いますが……敵はまだ……」
「クッ……」
アメリカ軍は無数の死体を積み重ねたが、それがそのまま彼らの足場になる。氷の逆茂木は次々突破され、アメリカ軍は兵士達の目前に迫っている。
が、その時であった。
「南方に多数の魔導反応を確認!」
「もっと詳しく!」
「あ、あれをご覧下さい! 大八洲軍です!!」
兵士の一人が後方の窓の先を指差して叫んだ。その声は歓喜に満ちていた。
「やって、来てくれたか……。いや、気を抜いてはいけない。戦闘を続行!」
「はっ!」
黒い鎧に身を包んだ騎兵が大地を駆ける。その数は実に2万。その後ろには歩兵が3万程続く。更に空にはコホルス級の魔女がおよそ3千。大八洲の精兵がこれほど揃えば、アメリカ軍など敵ではない。
「しかし殿下、もしかして、大八洲軍が来ることをご存知だったのですか?」
「あー、まあ、そういうこと。援軍が来ると知っていたらみんな頑張れないでしょ?」
「それは……どうでしょうか……」
「結果として、上手くいった」
「は、はい。そうですね」
敵を騙すにはまず味方から。クラウディアの作戦が功を奏したのかは分からないが、結果的には彼女の思惑通りに事は運んでいるのである。
○
「突撃! 敵は数だけが多い雑兵! 一人残らず討ち取るのです!」
「「「おう!!!」」」
黒衣の少女、大八洲の切り札、長尾左大將朔がこの軍団を率いている。漆黒の翼を広げて悠々と空を舞う彼女は勇ましく、地上の武士達と空の魔女達に命令を下した。
血気盛んにして経験豊富な伊達家の軍勢は、鬨の声を上げ、クラウディアの罠にかかって立ち往生しているアメリカ軍に急速に接近する。武士達は馬上から弓を射て、早速数千のアメリカ兵を打ち倒した。アメリカ軍も弩による射撃で応戦するが、密集しすぎた彼らは外側にいる者しか射撃が出来ないが、弩を構える者は真っ先に大八洲の矢に撃ち抜かれる。
また朔が率いる飛鳥衆が空から攻撃を仕掛け、アメリカ軍が組織的な行動を行おうとするのを妨げる。かくしてアメリカ軍の接近阻止はまるで意味をなさず、大八洲勢はアメリカ軍に騎乗のまま突入した。地上部隊を指揮するのは勇猛で知られる関白の弟、伊達兵部成政であり、自らが陣頭に立って軍配と槍を振るう。
「こんな奴らに討ち取られれば末代までの恥ぞ! 片っ端から斬り捨てろ!!」
「「おう!!」」
馬の速度をそのまま槍の一撃に乗せ、3人を真っ二つにした成政。アメリカ軍は余りにも数が多く、その中を突っ切る訳にはいかなかった為に馬を止めるが、馬上から振り下ろす槍で迫り来るアメリカ兵を次々両断した。
「……蛆虫みたく湧いてきやがる。皆、刀を抜け!! 斬り込むぞ!」
飛鳥衆が奥の敵を攻撃しているとは言え、アメリカ兵の数は余りにも膨大であった。槍より小回りの効く刀の方が効果的だと判断した成政は、兵士達に命じると同時に自身も抜刀しながら馬を降り、飛び降りざまにアメリカ兵の首を落とした。
「突っ込めい!!」
「「「おう!!!」」」
やはり武士の一番の武器はこの白刃である。武士達は次々に鬨の声を上げ、次なるアメリカ人の首を求めてアメリカ軍を粉砕していった。
と、その時である。
「朔様! 敵の飛鳥衆が!」
アメリカ軍も流石に魔女隊を投入してきたようだ。
「来ましたか。我らが迎え撃ちます。皆、下のことは後回しにし、あの者共を滅ぼしなさい!」
「はっ!」
そんなことは想定内。兵法の定石通りの流れである。だが、すぐさま予想外の報告が飛んでくる。
「申し上げます! アメリカが軍船、こちらに向かって来ております!」
「まさか、あれにまだ力が残っているのでございますか……。もしそうならば、食い止めねば……」
アメリカの魔導戦闘艦はもう兵士を降ろし終えた抜け殻だと思っていたが、明白な敵意を持ってこちらに近付いて来ていたのである。