第八戦区Ⅱ
アメリカの魔導戦闘艦が迫り来る第八戦区。魔導戦闘艦がもう数時間で陸地に到達せんとしている頃、地上の軍団が動き始めた。
「敵地上軍、一斉に動き始めました!」
「やっぱり陸と海から仕掛けてくるか。取り敢えずは応戦を。それと、敵船の動きは徹底的に監視すること」
「はっ!」
戦端が開かれる。進軍を開始したアメリカ軍に対し、重砲や噴進砲で攻撃を行う人類軍。ここまでは既に確立された戦い方に則って応戦するだけだが、第八戦区は常に魔導戦闘艦に気を払い続けなければならない。
「魔導戦闘艦の針路は?」
「現在の針路に直進した場合、我が軍の第一防衛線にちょうどぶつかるかと!」
「やっぱりそう来るか。あくまで私達を皆殺しにしたいらしい」
普通の戦争ならば敵の防衛線の後方に上陸することを狙うだろう。防衛線というのは攻撃が想定される向き以外からの攻撃には脆弱であるし、武装がないも同然の司令部もあるからだ。つまり敵の頭を叩くのが兵法の常道な訳だが、アメリカ軍にそういう思想はない。彼らの目的は敵を降伏させることではなく皆殺しにすることだからである。
「もしも兵士が満載ならば、10万は詰め込むことが出来ます。そんな兵力に側面から攻撃されては、とても……」
「分かってる。だから、第一防衛線は放棄するよ」
「よ、よろしいのですか?」
「うん。私達だけでここを守り抜くことはまず不可能。ならばとっとと防衛線を放棄し、損害を最小限に抑えるべき」
「は、はあ……」
「ともかく、前線にはいつでも下がれる心構えをさせておくように。また砲兵隊は第一防衛線に照準を定めておくように」
「はっ!」
クラウディアの作戦は塹壕線を部分的に放棄することであった。やがてアメリカの魔導戦闘艦は予想通りに直進し、第一防衛線の真横に迫る。
「敵艦、沿岸10キロパッススに到達!」
「ここだね。右翼、速やかに第二防衛線まで後退。また先に指定した部隊は左翼の側面を固めよ」
「はっ!」
魔導戦闘艦が襲来する数十分前。クラウディアは沿岸側の部隊を下がらせた。また内陸側の部隊は引き続き応戦させ、敵の戦力を分散させる。事前に準備を指示していたこともあって後退は非常に速やかに行われた。
「敵艦、海岸に到達しました!」
「間に合ったか」
「敵兵が次々と上陸しています! この勢いは、本当に10万近くは載せていたのでは……」
「奴隷船より酷いね。まあアメリカ人はそんなことを考える頭もないんだろうけど」
イズーナ級魔導戦闘艦からは最終的に15万人近い兵士が揚陸され、第一防衛線に殺到した。もしも後退していなかったら軍勢は押し潰されて皆殺しの憂き目に遭っていたことだろう。とは言え、状況は悪い。
「敵軍、我が方右翼に向けて進軍を開始しました! その数およそ30万!」
「こちらの防衛線の半分、それも一本だけの防衛線に攻め込まれた、か……。取り敢えずは応戦を可能な限りアメリカ軍を削って」
「はっ!」
友軍の陣地に対する照準は既に定められている。砲兵は直ちに上陸したアメリカ軍に対し砲弾の雨を浴びせる。敵が密集しているところに榴弾と焼夷弾を叩き込み、たちまちに数万を殺したが、アメリカ軍もまた迅速に前進する。
「友軍が近過ぎて、砲兵では撃てません!」
「そんなのはいつものこと。慌てることはない。歩兵隊、戦車隊は応戦を」
砲兵では誤射の可能性があり狙うことの出来ない範囲にアメリカ軍が侵入した。こうなるとアメリカ軍を攻撃出来るのは戦車の主砲、機関銃、魔導弩砲及び魔導弩だけである。アメリカ兵は前からバタバタ倒れていったが、余りに数が多く、とても食い止めることなど叶わない。
「敵軍、第二防衛線右翼に侵入!」
「…………敵は十分削った。第二防衛線を放棄する。兵士は司令部に集結し、守りを固めよ」
「よ、よろしいのですか!?」
クラウディアは人類最後の防衛線をあっさりと放棄しようとしているのである。
「ああ。アメリカ軍に呑ま込まれる前に兵を退いて。早く!」
「はっ……!」
「し、しかし、司令部に戦闘能力は全く……」
「分かってる。いいから早くして」
「す、すみません……」
クラウディアはあらゆる反対を完全に封殺し、全速力での撤退を命じた。兵士達や戦車、装甲車は続々と司令部に集まるが、その司令部は何の変哲もないただの木造二階建て建築であった。もちろん周囲に塹壕や城壁がある訳でもない。
「へ、兵士は集まりましたが……どうすれば……」
「私が何とかする」
「殿下!?」
クラウディアは二階の窓を開けると単身で飛び立った。敵軍と友軍の間である。クラウディアが魔法の杖を地面に向けて構え少々力を込めると、たちまち地面から無数に人間大の氷の棘が生え、逆茂木のようにアメリカ軍の行手を阻んだ。瞬時に簡易的な陣地が現れたのである。
「これでもう少し時間を稼げる筈……」
氷の障害物の後ろに戦車や装甲車が並び、その砲口や銃口を前に向ける。クラウディアはその様子を見届けるとすぐに司令部に戻った。