第五戦区
「全兵力、第二防衛線に収容を完了しました!」
「よし。負ければ人類の恥だぞ! 絶対に退くことは許さん!」
機関銃を設置するや否や引き金を引き、或いは小銃や弩でアメリカ軍を撃つ兵士達。先の砲撃でアメリカ兵の勢いはかなり削り落とされており、まだ射撃で食い止めることが出来た。
が、その時、またしても違和感があった。
「敵兵、残り少ないような見えるのですが……気のせいでしょうか?」
司令部から戦場を見渡していたヴェロニカがふと呟く。
「少ない? どういうことかな?」
「言葉のままです。敵は残り15万人はいる筈ですよね?」
「そうだが」
「もう、残り5万人ほどしかいないように見受けられます」
「そう、だな……」
ヴェロニカの観察眼を侮るべきではない。それが事実だとするのならば、敵は最初から30万人もいなかったということになる。そして実際、思っていたより遥かに早く、アメリカ軍の陣形は隙間だらけになり始めた。いつの間にかアメリカ軍はほぼ全滅していたらしい。
「どうやら、アメリカ軍は本当に少なかったようだな」
「あ、ああ。僕達としては嬉しいところだけど、その兵士がどこに行ったのかと考えると、嫌な予感がするね」
本来はいる筈のアメリカ兵がどこに行ったのか。その答えはすぐに判明することとなった。
○
「第五戦区に30万を明らかに超える敵兵が押し寄せてきている。第一戦区には明らかに30万を下回る敵しかいなかった。なるほど。興味深い」
ノフペテン宮殿、人類最終防衛線全体を統括する人類軍最高司令部。赤公オーギュスタンは各所から集まった報告からその二つを抜き出した。
「つまりは、アメリカ軍が意図を持って兵を集中させていると申すか?」
晴政は問う。
「十中八九、そうでしょうな。いやはや、先入観というものはよくない」
アメリカ軍が軍団を超える規模で連携を示すなど、今まで例がない。オーギュスタンですらそれはないという前提で戦略を構築していた。
「如何にするつもりだ?」
「敵が兵力を集中させるのなら、こちらも同じことをするまで。戦略予備部隊を投入します」
各戦区が予備部隊を温存しているのと同様、人類最終防衛線の後方に戦略規模の予備部隊が用意されている。迂闊に動かすのは避けるべきだが、今度の事態はそれに値するとオーギュスタンは判断した。いずれは敵の戦力配置に合わせてこちらも再展開するが、それまでの繋ぎである。
防衛線後方に張り巡らされた鉄道網を用い、予備軍団は直ちに投入される。
○
第五戦区を担当するのは青公オリヴィアであった。ヴェステンラント軍の武将として白兵戦をよく指揮し、第一防衛線で何とか耐え抜いていたものの、逆に後退を決断出来ないせいで、殺しても殺しても減らない敵を前にして壊滅の危機に瀕している。
が、その時であった。
「殿下、オーギュスタン様から通信が! 援軍を送ったので下がってもよいとのこと!」
「そうですか……やはり私の勘違いではなかったのですね。全軍、第二防衛線まで撤退! 暫く時間を稼ぎます!!」
適宜応戦しながら後方の塹壕に後退する人類軍。数千の犠牲を出しながらも時間を稼ぐ。そしてようやく、援軍がやってきた。
「装甲列車だ! 援軍が来たぞ!!」
「た、助かった……!」
鋼鉄の装甲に覆われ、側面には所狭しと機関銃やら迫撃砲が並び、天井には巨大な列車砲を装備。ゲルマニアが陸上で運用する兵器としては正に最強。10両編成の装甲列車が3編成、第二防衛線のすぐ後ろに並行するように停車した。
各車に1門ずつ装備された戦艦の主砲並みの列車砲は零距離射撃を行い、目前のアメリカ兵を虫けらのように舞い散らす。機関銃と迫撃砲は兵士達の頭上から射撃と砲撃を行い、あっという間に薙ぎ払う。
アメリカ兵各々の知性は相変わらずであり、これほど目立つものを目にすれば、襲いかからずにはいられないようだ。アメリカ軍は一斉に装甲列車に群がってきたが、地上と装甲列車からの十字砲火を前に、逆に押し返されていく。
しかし、アメリカ軍がそれをただ見ている訳もない。
「騎兵だ!! 騎兵が現れたぞ!」
「騎兵だけじゃない! コホルス級も来たぞ!」
「近付けるな! 撃ちまくれ!!」
地上からおよそ2万の騎兵、空から1万の魔女が迫る。アメリカ軍全体の数百万という数と比べると大したことはなさそうに思えてしまうが、普通ならこれだけで防衛線を突破出来るほどの戦力である。
装甲列車は機関銃や迫撃砲で騎兵を集中攻撃するも、その勢いを食い止めることは叶わず。空からの敵に関しては、装甲列車の天井に敷き詰められた対空機関砲や装甲車の対空機関砲が迎え撃つが、全てを落とし切るというのは無理な話だ。
「止められない!」
「突っ込んでくるぞ!」
「上からもだ!!」
「クソッ……またこれか」
塹壕を踏み荒らした騎兵は装甲列車に斬りかかり、機関銃を斬り落としつつ、壁面に剣を突き立てる。魔女達は装甲列車に飛び乗り、周囲の機関砲を破壊すると、列車の天面に剣を突き刺した。