第一戦区
さて、アメリカ軍が集結を終えたその日、人類軍最高司令部に通信が入った。アメリカ合衆国からの通信である。事実上人類軍の総司令官である赤公オーギュスタンは、各国の将軍達が見守る中で通信を受けた。
『こんにちは。そしてお受け頂きありがとうございます。アメリカ合衆国、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領と申します。そちらは?』
「ヴェステンラントが赤公オーギュスタンだ。何の用だね?」
『もう気付いておいででしょうが、アメリカ軍はこれより、全軍を以て総攻撃を行います。然るに、最後に降伏勧告をと思いましてね。合衆国大統領の名において、あなた方に正式に勧告します。人類は速やかにアメリカに降伏し、以後はアメリカの管理下で生きることをお勧めします』
暫しの沈黙。だが、人類にとってそんなものは選択肢の内に入ってすらいないのである。
「そんな下らないことを言う為に、わざわざ通信など寄越したのかね? 我々枢軸国軍が、人類が、貴様らなどに降伏する訳がなかろう」
『ふむ、それは人類の総意ですかな?』
「もちろんだ。アメリカ風情が人間を舐めるな」
『ふははっ、やはり人間は面白い。いいでしょう。ならば、滅ぶがよろしい。もう命乞いをしても無駄ですよ』
「その言葉、そのまま貴様に返そう」
『左様ですか。では、次は地獄でお会いしましょう』
「二度と会いたくなどないものだね」
かくしてアメリカ軍は総攻撃を開始したのである。
○
「シグルズ様! 敵が動き始めました!!」
それから数分して、アメリカ軍は動き始めた。シグルズと第一戦区司令部は直ちに戦闘の管制を開始した。
「さて、諸君、改めて言うが、これは人類の命運を賭けた戦いだ。一つの失敗、一つの誤りが人類を滅ぼすかもしれない。諸君には最大限の注意を払いつつ、また迅速な行動を期待する。以上だ。配置に着け」
「「はっ!!」」
第二の塹壕線のすぐ後ろに建設された司令部。臨時の指揮所ではあるものの、臨時とはとても思えない、領主の居館のような設備が整っている。ゲルマニア軍の士官が中心に、ヴェステンラントや大八洲の連絡員も含めた総勢200名ほどが司令部要員である。20万の軍勢を指揮するだけあって、その規模は参謀本部並みだ。
「敵軍、今の所は歩兵のみを確認されています! 距離10キロパッスス地点を方陣を組んで進軍中!」
「騎兵も魔女もなし、か。砲兵隊、今一度点検を」
「はっ!」
ゲルマニアの重砲とヴェステンラントの弩砲に、最後の点検を行わせる。
「敵軍、砲兵の射程に入りました!」
「砲撃開始! ありったけを撃ちまくれ!」
戦端が開かれる。アメリカ軍の姿が未だ肉眼では黒いモヤにしか見えない中、砲撃が開始される。重砲の砲撃でアメリカ兵は埃のように舞い散り、弩砲の射撃は一撃で数人のアメリカ兵を貫通した。魔導装甲を持った敵相手だと弩砲の威力は大幅に失われてしまうようである。
「敵軍、特に変わった様子はありません。削れた兵数も、二千程度かと」
「普通なら十分だが、この数を相手には誤差ってところだな……。もっと撃てないのか?」
「砲弾割り当てを超えて消費すれば、可能ではありますが……」
「いや、止めておこう。砲兵はいることの方が重要だ」
先の戦闘では砲弾は使い放題であったが、今回は全体的に砲弾が不足している。高度な加工技術を必要とする砲弾は未だにゲルマニア国内でしか生産することが出来ず、これほどの大軍に十分な補給を行うことは出来なかった。
そしてシグルズは、砲撃が止んでしまうことをこそ恐れた。砲兵が常に背後に存在することによって兵士の士気を保つことの方を重視したからである。この戦い、マトモなものではない。例え壊滅的な損害を負っても戦い続けなければならず、それには高い士気が必要不可欠だ。
「敵軍、5キロパッスス地点に到達!」
「憤進砲の射程に入りました!」
「射程ギリギリだが、憤進砲は全力で射撃を開始せよ!」
単純なものならば古代から実戦投入されていた憤進弾。この世界の平均的な技術さえあれば生産することは可能であり、人類の総力を挙げて量産が行われた。結果、こちらについては弾切れの心配がない程の備蓄があるのだ。
憤進砲による全力の砲撃が開始される。頭のすぐ上で流星雨が飛び交っているようだった。数千の憤進弾が飛び、アメリカ軍を粉砕する。
「効果は十分に認められます!」
「で、ですが、アメリカ軍、止まりません!」
「アメリカはそういう連中なんだ。早く慣れた方がいい」
ゲルマニア兵の大半はアメリカ軍と今日初めて戦う。どれだけ砲撃の雨に晒されても恐れることも焦ることもしない異常な敵には、困惑するのも無理はない。
「敵兵、1キロパッスス地点に到達!」
「もう3万人は死んでいる筈ですが……」
「その程度で奴らが下がることはない。戦車隊、撃ち方始め!」
第一戦区に割り当てられた戦車はおよそ300両。第88機甲旅団の普段運用している戦車の数よりも少ないが、仕方なし。
既に人間の形が視認出来るほど近づいてきたアメリカ兵に榴弾を撃ちかける。重砲ほどの威力はないが、数人を一撃で殺すことくらいは可能だ。かくしてじわじわと数を削るも、アメリカ軍はじりじりと距離を詰めてくる。