人類軍最終防衛線
ACU2316 4/9 アメリカ合衆国 ワシントンD.C
シグルズが辛うじて勝利を掴みアメリカ軍の一団を追い払ってから数日。ルーズベルトとトルーマンは大統領官邸をかつてワシントンD.Cと呼ばれていた場所に移し、その穢れた名前を復活させていた。
「大統領閣下、ご報告が」
トルーマンは現場の将軍からの報告を持ってきた。
「何だね? 私をまた失望させてくれるなよ?」
「それは残念ですが、叶わなさそうです。どうやらメキシコシティの北に、大陸を東西に貫く長大な塹壕線が構築されているとのこと。1個軍団程度では容易に撃退されてしまうと、第三軍団のアーノルド大将より報告が上がっています」
「アメリカ人が怖気付いているのかね。それはいけないな。早急に総攻撃を行い、その塹壕線とやらを粉砕したまえ」
「……閣下、本気ですか? 敵は既に200万を超える大軍。対して我が軍の質は非常に低く、第三軍団は摩耗しています。こんなところで兵力を浪費するのは無意味だと思いますが」
「兵力などいくらでも湧いてくるではないか」
「北アメリカ大陸の北の端から南の端まで歩くのに一体何日かかるとお思いですか?」
「はぁ……分かった分かった。アーノルド大将には友軍が合流するまで待機するよう命じたまえ」
ルーズベルトは溜息を吐きながらもトルーマンの訴えを認めた。彼とて自分の手駒を無意味に失うのは本意ではない。アメリカ軍は一時的に進軍を停止することとなった。この戦争始まって初めてのことである。
○
「アメリカ軍が止まっただと?」
「はい。先日ハーケンブルク中将閣下に撃退された部隊は、一時撤退した後、その場に留まっている模様です」
赤公オーギュスタンは興味深い報告を受け取った。
「兵員補充の為に下がりもせず、進みもしないとは。初めての行動だ」
「オーギュスタン、これをどう見る?」
伊達陸奥守晴政は問う。事務作業に飽きた晴政はとっととヴェステンラント入りしていたのである。
「恐らくは、敵は軍団を集結させ、我らの最終防衛線に総攻撃を行うつもりでしょう。軍事的には合理的、どころか当然の策ですな」
「なるほど。各個に突っ込んでくれば簡単に滅ぼせたのにな」
「アメリカ軍もそこまで馬鹿ではないようですな」
アメリカ軍が30万ずつに分かれて攻撃してくれば、それを撃退するのは容易だっただろう。だが300万人が一気に攻撃してくれば、勝敗は分からない。兵力が10倍になればその戦闘能力は100倍になるものだ。
「だが、これで時は稼げた。アメリカ軍が集結するまで、今暫く準備な時間を使えるぞ」
「ええ。既にその手配はしております。後は、大陸の両端で今なお持ちこたえている二都市が落ちなければ、理想的な状況で迎撃することが出来ます」
「うむ。人事を尽くして天命を待つまでもなく、天命は我らに味方したな」
「さて、それはどうでしょうか」
クロエのノイエ・アクアエ・グランニ、ドロシアのスクワミシュは、ゲルマニアや大八洲からの援軍のお陰で落ちる気配はない。ここで合計60万の敵兵を引き付け続ければ、状況は随分とマシになる。これが落ちないことを願いつつ、人類軍は淡々と防衛線の増強を勤しんだ。
○
ACU2316 4/16 王都ルテティア・ノヴァ北方 人類軍第一防衛線 第一戦区
アメリカ軍が続々と集結する中、枢軸国軍もまた続々と到着している。
大陸を貫く長さ400キロパッススの長大な塹壕線は、深さは当然人間の胴体を全て隠せるほどのものであり、かつ奥行きは戦車や装甲車をすっぽりと収められるほどである。これが二重になっているのが人類側の主要な設備だ。
また塹壕線の背後には鉄道網が張られ、防衛線のどこからどこへでも半日以内に到達出来る機構が完備されている。アメリカ軍が攻め手でありどこに戦力を集中させるのかを選べる以上、人類軍はアメリカ軍の攻撃を察知し次第直ちに兵力を展開する必要があるのだ。
その他、防衛線の後方で鉄道網に絡まるようにして補給拠点が整備され、武器弾薬食糧エスペラニウムをすぐに取り出せるようになっている。防衛線に集ったのはゲルマニア軍150万を中核とする、総勢200万。人類が成し得る理想と言ってもいい態勢がここに整った。
アメリカ軍は一部が誘引されているとは言え数で勝り、その全ては低質とは言え魔導兵である。戦力で劣っているのは間違いないが、守備側の優位によってある程度は覆せるだろう。
さて、長大な塹壕線は八つの戦区に分割されている。これはアメリカ軍が進行してくるであろう進路上に設定されたものである。天上の軍勢などと名乗っているが、脳みそが入っていないだけで所詮は人間。人の理から逃れることは出来ない。
そういう訳で、全体に満遍なく戦車を配置などしたらスカスカになってしまうだろうが、人類軍は八箇所に集中配備され、アメリカ軍を阻む盾となっている。
10パッススほどの間隔で並んだ戦車の間には機関銃と小銃を構えるゲルマニア兵、そしてヴェステンラント兵の姿があった。彼らも弩を持ってはいるが、最たる役割は白兵戦である。またその後方には戦車と同じくらいの数の弩砲が敵を睨んでいる。
戦区に所属する兵士は、その国籍によらず全てその戦区司令官の命令に服することとなっている。そしてシグルズは栄えある第一戦区司令官(特に順番に意味はないが)として、およそ二十万の兵を預かることとなったのである。