コマーツの戦いⅢ
行進するアメリカ軍と300パッススほどの距離を保ちながらじりじりと後退する第88機甲旅団。一糸乱れぬ後退は、部隊が高い練度を誇る証拠である。機関銃、憤進砲、重砲の集中射撃を受け、アメリカ兵はたちまちその数を減らした。
「閣下、報告です。アメリカ軍、およそ3万を削れました!」
「こちらの犠牲は皆無。いい調子だ」
アメリカ軍の1個師団に相当する数を殺し切った。まだ道半ばにすら到達していないが、今のところ機甲旅団の損害はなく、勝機は十分。だが、それから数分して後のことである。
「シグルズ様! 新たな魔導反応が、アメリカ軍の奥から急速に接近しています! 数はおよそ2万!」
ヴェロニカが警告を発する。 敵か味方かは分からないが、アメリカ軍の背後に新手の魔導兵が現れた。
「味方か? 」
「い、いえ、そこまでは……」
「偵察隊からの報告は?」
「そ、それが、先程から偵察隊との通信が繋がりません」
「何? ……嫌な予感がする」
「私も同感だ。師団長殿、白兵戦の用意を」
オーレンドルフ幕僚長は、新手を敵だと判断した。そしてそれが高速に移動しているのならば、乱戦に持ち込まれることは間違いない。人間の歩行速度程度なら秩序を維持したまま後退することも可能だが、それ以上なら陣形が崩壊することは必至だ。
「分かった。戦車、歩兵は白兵戦闘用意! 敵が来るぞ!!」
シグルズが命じ、装甲車から繰り出した歩兵が陣形を整えるも束の間、その敵はアメリカ軍を突き破るようにして姿を表した。
「騎兵か……! アメリカにそんな能があるとはね」
「て、敵が突っ込んできます!!」
ヴェロニカが観測したものの正体は騎兵であった。アメリカの騎兵は馬を荒々しくかけさせ、味方を踏み荒らしながら一直線に機甲旅団に突撃してきたのだ。
「総員、全ての火力を投射せよ! 火炎放射器も撃ち方始め!!」
装甲車両の陰に隠れ、兵士達は突撃銃による一斉射撃を開始。人間の手による比較的精確な小銃で、多少の鎧を付けられた馬と馬上の敵兵を次々葬っていく。
と同時に、戦車はここまで沈黙を保ってきた主砲から爆炎を放つ。接近戦となることを見込んで火炎放射器を搭載していたのだ。長さにして実に20パッススほどの炎が騎兵にぶつかり、馬と人とを焼いていく。が、アメリカ兵は炎の壁に真正面から突撃することを躊躇わなかった。
「敵軍、炎の中に突っ込んできます!!」
「炎のせいで敵が見えません!!」
「そんな馬鹿な……」
火炎放射器に突っ込んでくる敵など、普通はいない。人間ならば燃え盛る炎の中に突入しようなどとは思わないだろう。それが火炎放射器の狙いなのだが、アメリカ人は人間ではなかった。彼らは炎に対しても何ら臆することはなく、焼け死ぬことすら全く考慮に入れず、そのただ中に身を投じたのである。
もちろん彼らの物理的な構造が人である以上は焼け死ぬが、そんなことは気にせずに大量の兵士が突っ込んでくるのでタチが悪い。しかも火炎放射器の炎のせいで歩兵の視界が急速に悪化してしまう。
「敵兵、陣形に突入!!」
「迎え撃て! 奴らがこれ以上先に進むのを許すな!」
炎の中から飛び出してきた魔導兵。その体も馬も燃え上がっていたが、動きが鈍ることはなく、歩兵達に斬り掛かる。機甲旅団の歩兵は冷静に一歩退いて集中攻撃を行って仕留めるも、延々と続く突撃に徐々に押されていってしまう。
「師団長殿、私も前線に出よう。少しは状況もマシになる筈だ」
「ああ、頼んだ」
オーレンドルフ幕僚長は剣を携え指揮装甲車を後にする。が、更に悪い報告が入る。
「閣下! 敵の歩兵が近づいてきています!」
騎兵に踏み荒らされたアメリカの歩兵達だが、確実に近付いてきていた。このままでは騎兵と共に機甲旅団を押し潰すだろう。
「クソッ……戦車は火炎放射を止めるな! 歩兵は騎兵への対処を優先せよ!」
侵入した騎兵は歩兵で倒し、火炎放射は継続する。火の中でも平然と歩いてくる歩兵ならば焼け死んでくれる筈だ。とは言え、いずれこちらの燃料も切れて押し切られるのは想像に難くない。
「シグルズ様……早い内に逃げた方がいいのではありませんか……?」
ヴェロニカは言う。敵に呑み込まれてどうしようとなるくらいならば、戦車を放棄して逃げた方がマシなのではないかと。
「…………そうかもしれない。だけどここを突破される訳には……」
負けても知ったことはないと軽口を叩いていたシグルズだが、防衛線が完成する前に王都が攻撃を受けることは何としてでも避けねばならないことは理解している。
「決めた。相打ちになってでも、アメリカ軍を撃退する」
「あ、相打ち、ですか?」
「ああ。人類を守る為ならば、旅団の一つや二つ、犠牲にするのも仕方はないんだ」
「そ、そんな……」
「……全軍、持ち場を死守せよ! 撤退することは許可しない!!」
死守命令という最も碌でもない命令を出さざるを得なかった。そして陣形というものが殆ど意味をなしていない以上、シグルズが指揮を執る必要もない。魔法で機関砲を作り出し、シグルズは前線に飛んだ。