人類軍の戦略
ACU2316 3/15 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿
戦争が開始されて2ヶ月ほどが経過した。各国の主力は未だ到着せず、ほとんどヴェステンラント軍単独での抗戦を強いられている。海岸沿いのノイエ・アクアエ・グランニとスクワミシュだけは何とか持っているが、それ以外の内陸部の都市や砦は日に日に数を減らしていった。
さて、枢軸国の首脳達は先行してルテティア・ノヴァに集まっており、ここに第二回枢軸国総会兼人類軍最高司令部が結成された。場所はヴェステンラントの王宮であり、今のところ戦争を主導するべきがヴェステンラント軍であるのは誰の目にも明らかである為、議長兼司令部総長は赤公オーギュスタンが担っている。
関白晴政は大陸派兵の指揮で忙しく(実務より命令系統において彼がいることそのものが必要とされたからではあるが)、このような場には珍しく姿を現わさなかった。代わりに大八州全権としてここを訪れたのは、前回は司会を務めていた片倉源十郎である。
今回は特別な役職のない彼だが、会議の流れを進める才はなかなか備わっているようであり、彼より遥かに高位の人間が大勢いるこの会議室でも全く怯むことはなかった。
「――早速ですがオーギュスタン殿、今一度この場で、現下の戦況をご説明願いたく存じます」
「そういうのは大公にやらせるものではないと思うがね」
「左様でしたら――」
「いや、構わん。我が軍のことを最もよく把握しているのは私だ」
「はっ」
という訳で、オーギュスタン自ら諸将に戦況を説明することにした。
「まず全体を俯瞰すれば、戦況は絶望的だ。先日大八州勢の援軍を得たスクワミシュ、ゲルマニア艦隊の援護を受けるノイエ・アクアエ・グランニを除き、精々5日程度の時間稼ぎしか出来ない。ちょうど昨日にも、我が軍のアラパホ砦が陥落したところだ。それに、スクワミシュについてはまだまだ防備が十分とは言えない。片倉殿、大八州はもっと援軍を送ってくれるのだったな?」
「はい。既に2万の毛利勢を向かわせております」
「感謝する」
現状で勝機が見えるのは戦艦2隻の援護を受けるノイエ・アクアエ・グランニだけだ。スクワミシュについては更なる増援が必要である。
「この大陸両端の要塞で敵を食い止めつつ、大陸南部に最終防衛線を敷いてアメリカ軍を撃退するというのが、大まかな方針だ。この防衛線の構築には、特にゲルマニア軍の協力が必要となるだろう」
「既に大規模な輸送艦隊が稼働しています。主力部隊の集結までお待ちください」
ゲルマニア全権として訪れたローゼンベルク大将、或いは帝国軍最高司令部総長は応えた。最低でも蒸気機関を搭載するゲルマニアの輸送船は帆走船などと比べれば圧倒的に高速であり、本国とヴェステンラント大陸を何度も往復して大量の武器弾薬と兵士を運んでいた。
「期待している。また、塹壕の準備については、既に到着したゲルマニア軍と我が軍で協力して当たっている。大陸南部に長大な塹壕線を掘っているが、これは未だ半分も完成していない」
オーギュスタンは細くくびれた北ヴェステンラントの最南部を塹壕線で埋め尽くし、大陸規模の防衛線を構築することを計画していた。壮大な計画ではあるが、こうでもしなければアメリカ軍を撃退することすら叶わないだろう。
「我が軍の時間稼ぎの目的は、おおよそこれだ。北ヴェステンラント大陸をほぼ全て放棄し、この防衛線に望みを託す。その為に今も、兵士達は戦い続けているのだ」
最終防衛線の完成までの時間を稼ぎ、ここに人類の持ち得る全戦力を投入してアメリカ軍を撃退する。これがオーギュスタンの戦争計画であった。
「さて、ここで諸君に悪い報せがある」
オーギュスタンはそう言って、暫し心の準備をしているようであった。
「……これまでの戦いを解析し、いくつかの事実が判明した。一つは、これはアメリカが公言していることだが、奴らは将軍を使い始めた。軍団としてはそれなりの戦術を用いて来ると推測され、厄介だ。そしてもう一つは、奴らの兵力はどうやら無尽蔵だということだ」
「それは……どういうことでしょうか?」
源十郎は尋ねる。そんなことは初耳だ。
「簡単な話だ。我々はこれまで40万人程度のアメリカ兵を殺してきたが、敵軍の総兵力は開戦時から全く減っていない。つまり少なくとも殺した分の兵士は補充が利くということだ。これが、奴らが本気になれば無限の兵力を投入出来るのか、あくまで損害を補填するに留まるのかは分からないがな」
前線では薄々察していたことだが、いよいよ認めざるを得なくなった。アメリカ軍を撃退してとしても、すぐに最初と全く同じ兵力を引っ提げて攻撃してくる。これでは人類軍のジリ貧は必至だ。
「何と、そのようなことが……」
「なればこそ我々は、アメリカ軍に対して圧倒的な優勢を維持しなければならない。その為には可能な限り強固な陣地と圧倒的な兵力が必要だ」
「左様ですな」
もっとも、オーギュスタンとて負けない方法を何とか考え出しているだけで、勝利を得る方法は見当もつかなかった。