大八州の来援
場所は黄の国の首都スクワミシュ。既に市民は避難しており市街戦に躊躇いのなかったドロシアは、城壁での抗戦を主としつつ、城内に侵入したアメリカ軍と市街戦を展開。臨機応変さに全くもって欠けているアメリカ兵を相手に有利に立ち回っていた。とは言え、それも長くはもたなさそうだ。
「この街も、随分と酷い有様になってしまったわね……」
流石に自分の本拠地のことになると、ドロシアも悲観的になるようだ。
「はい。アメリカ軍により多くの建物が破壊され燃やされました。我々は、徐々に追い詰められています」
「そうね。まあ、いずれ捨てるとは分かっていたけど」
アメリカ兵の行動は、第一に目に見える人間を殺害することだが、第二には文明の産物全てを破壊することがあるようだ。市街地に侵入したアメリカ兵は敵と遭遇しない限り、目につく建物を破壊し燃やした。これにより、ヴェステンラント兵の隠れ場所はじりじりと減らされているのである。
が、その時であった。
「殿下! 西方より多数の魔導反応を見て確認しました! 数はおよそ2万!」
「敵の援軍? しかしそれにしては中途半端だけど……」
「い、いえ! あれは大八洲軍です!」
「何? もう着いたの?」
「そ、そのようです! 大八洲の軍旗が翻っております!」
西を見ると、三角形を三つ並べた軍旗がはためく下を鎧武者が行進していた。大八洲軍とは言っても北條家の軍勢であろう。大名単独でこれだけの兵力を用意出来る大大名だ。
「殿下! 大八洲側より通信が!」
「繋ぎなさい!」
ドロシアは魔導通信機をひったくる。
「こちらは黄公ドロシア・ファン・ジューヌ。そっちは?」
『大八洲が大名、北條相模守氏長と申します。大八洲の先遣隊として、ドロシア殿をお助けに参りました』
若々しい男の声。先代の死に伴いこの大戦争の最中に家督を継いだ若き当主である。
「先遣部隊ね。でもそれだけの兵力でどうするつもり?」
『敵勢はドロシア殿の城を囲み、大変薄く長くなっておりますれば、これを横から叩きます』
「……分かった。策があるならそれで頼むわ。正直、助かる」
『ははっ。では大八洲が武士の力、ご覧下さいませ』
軍団はスクワミシュに迫る。鎧の構造が視認出来るほどの距離に迫ると、1万騎ばかりの騎馬隊が一斉に駆け出した。砂煙を巻き上げながら一糸乱れず駆ける様は、大地が鳴動しているかのようである。
「全軍の半分が騎兵って、どういう編成よ」
「大八洲の武士は皆、いざとなれば騎兵にも弓兵にもなれるよう訓練されています。馬の数が許す限りは騎馬隊を増やせるものかと」
「ああそう。ま、いいわ。奴らの実力、見せてもらおうじゃない」
スクワミシュを半円状に囲うアメリカ軍。その側面から北條家の騎馬隊は突撃した。目に映るアメリカ兵は振り下ろした刀で切り裂き、槍で突き刺し、たちまちアメリカ兵を蹂躙して、その陣形の奥深くまで突入する。彼らが突っ込んだ跡にはただ死体ばかりが残っていた。アメリカ軍など手も足も出なかったのである。
「な、何という勢いでしょう」
「ふーん、やるじゃない……」
余裕ぶりながらも、ドロシアもその光景に圧倒されていた。全員が訓練を受けた本物の軍隊とはこのようなものであると思い知らされた。大八洲と戦う時は基本的に数で優勢であったが故、同等の条件での戦いを見せられると、それをいっそう感じさせられるのである。
「あ、アメリカ軍! 撤退を始めました!」
アメリカ兵は一斉に一人残らず戦闘行為を停止し、北に逃げ出し始めた。どうやらここで10万人殺しに到達したらしい。
「大半が私達の戦果とは言え、大八洲が来てくれなかったら危なかったわね」
「そ、そうですね」
時間稼ぎに徹していたドロシアは、殺害数を稼ぐことが出来ないでいた。そのままではジリ貧だっただろう。北條勢はスクワミシュに入城し、ヴェステンラント軍と共に守りを固めることとなる。そして北條相模守とドロシアは会談を持った。
「……助けてくれたことについて礼を言うわ。でもどうしてここに? まあ大八洲に一番近いのはここだけど」
「はい。そのような理由もありますが、関白殿下はこのスクワミシュをアメリカ勢に対する堤防にしようとお考えなのです」
「堤防? 大河の端っこで流れを邪魔することに何の意味があると?」
「意味はあります。貴国の王都に攻め込む敵を可能な限り分散させ、その防衛を容易たらしめんが為です」
「いい囮って訳かしら」
「言葉は悪いですが、その通りです」
アメリカ軍の軍団を一つでも足止めすることが出来れば、王都防衛は幾分か簡単になるかもしれない。ドロシアもそれは認めた。
「とは言え、ここが無視される可能性はないの?」
「アメリカは目に付く者を殺さずにはいられない獣と聞きます。なれば、その心配は杞憂でしょう。仮に敵の将が賢なるとしても、それならそれで、側背を衝かれるを恐れ、ここを落とさずに進むとは思えません」
「なるほどね。分かった。上でどう決まっているのかは知らないけど、共に戦ってやるわ」
「ありがたきお言葉です」
かくしてアメリカ軍の動きを少しでも妨害するべく、ドロシアは北條相模守と共に徹底抗戦することを決めた。