宣伝扇動
「そうですね……私がここを動く訳にはいかないので、マキナに案内させましょう。マキナ、いますよね?」
「――はい、クロエ様」
「い、いたのか」
瞬きをした次の瞬間には目の前に現れているマキナ。見るからに不服そうな表情を隠さない。
「ええと……案内するっていうのは、どこに?」
「あなた方にとっては都合のいいものですよ。まあ、マキナに連れて行ってもらえれば分かります」
「彼女、すごい嫌そうだけど」
「嫌なのは分かりますけど、私の命令ならちゃんとこなしてくれますよね、マキナ」
「……はい。クロエ様の期待は決して裏切りません。とっとと行くぞ、シグルズ」
「あ、ああ」
「行ってらっしゃい」
シグルズはマキナに後ろに着いて飛ぶ。向かう方向はアメリカ合衆国のある北方であった。つい先程まで激しい戦闘か繰り広げられ、無数のアメリカ兵の死体が転がる上を二人は通過していく。
「で、どこに連れていってくれるんだ?」
「アメリカの蛮行の証拠が見られる場所だ。アメリカの動向については、我々は可能な限り詳細に把握するよう努めている」
「なるほど。まあ、君に任せるよ」
1時間ほど飛行して、ようやく目的地に到着した。だだっ広い平原の中に、異質な構造物が並んでいるのが見えた。
「あれは、村か」
「そうだ。先住民の村だが……これ以上は言う必要もないだろう。見れば分かる」
「そんな気がするよ」
ここはアメリカ軍の勢力圏内だ。普通の人間がこんな堂々と村を持って生存することを許される訳がない。シグルズが村の中央に降り立つと、辺りには数十の死体が転がっていた。
「女子供もお構いなし、か。アメリカ人らしいやり方だな」
虐殺の対象は、恐らくその場にいた全ての人間であろう。男も女も、子供も老人も、何の区別もなく殺されていた。子供の上に折り重なって死んでいる親など、正視するに耐えないものだ。
「アメリカへの憎しみを増幅させれば、ゲルマニアは我々に手を貸してくれるのだな?」
「論理が飛躍しているけど、まあそういうことだ。その為にこれを利用しろと?」
「そうだ。彼らの死を、無駄にしない為にもな」
「……分かった」
アメリカへの憎しみを作り出すには、これが一番だ。シグルズは可能な限り詳細に写真を撮って記録を残すと、死体を焼いて埋葬し、ノイエ・アクアエ・グランニに戻った。
○
翌日。ゲルマニア、総統官邸にて。
「シグルズからの報告か。これは、酷いな……」
写真を送るのには船便で10日ほどかかるが、魔導通信を利用して文章の報告だけは届いていた。アメリカ軍による凄惨な虐殺の様子は、ゲルマニアの知るところになったのである。
「我が総統、これを大衆の啓蒙に利用しましょう。ハーケンブルク中将閣下も、その為にご報告を申し上げたのです」
カルテンブルンナー全国指導者はここぞとばかりに提言した。大衆の操り方について、彼以上に熟練した者はゲルマニアにいないだろう。
「啓蒙という言葉が合っている気はしないが、分かっている。すぐに各新聞社にこの内容を伝え、記事を書かせろ。それと、私も演説を行う」
「はっ。直ちに」
写真がないと些か真実味にかけてしまうが、そんなものを待っている暇はない。文章と絵だけで妥協する。翌日にはゲルマニア臣民の過半数が、アメリカ軍の蛮行を知るところとなった。
そして同時に、ヒンケル総統は帝都の真ん中で大々的な演説を行っていた。
「臣民諸君、今朝の新聞を見てくれたか。そこにあるように、アメリカはその進む先にある人間全てを虐殺しながら進んでいる。アメリカという悪魔には女子供の区別すらなく、目につく人間全てを殺しているのだ。もしもこの獣の群れがエウロパに襲いかかれば、次に狙われるのは我々だ。我々は何としても、アメリカ軍の侵攻を食い止めねばならない! ヴェステンラントとの戦争で、我々は確かに数百万の命を失った。だがアメリカが来れば、我々は数千万の命を失うことになるだろう。ここにいる皆も、私も、殺されるのだ。アメリカという獣に、善悪を見極めることなど期待するだけ無駄だ。奴らがここに来れば、諸君の家族も、親も子供も友も、誰もが殺されることになるだろう! ヴェステンラントへの憎しみはよく分かる。だが、アメリカという悪魔と戦うには、怨みや憎しみは乗り越えなければならないのだ! ヴェステンラントと共に戦い、アメリカを殲滅しようではないか!!」
歓声が沸き上がる。ヒンケル総統の演説と、新聞が一斉に報じたアメリカの蛮行は(それ自体には多分に誇張が含まれていたが)、ゲルマニアの世論を対アメリカ戦に向かわせるのに十分であった。
「ふう……これで決まったな」
「はい、我が総統。国民は今や大半が、ヴェステンラントと手を携えてでもアメリカと戦うことに賛成しています。理性的な判断なのか、怒りを焚き付けられただけかは分かりませんが」
「どちらでも構わん。直ちに陸海軍の総力を以て、アメリカとの戦争を始めるぞ。ローゼンベルク大将、よろしく頼む」
「はい。既に軍は用意を整えております」
帝国軍最高司令官としてヒンケル総統は命令を下した。今の帝国軍には総統命令に逆らう権限も力もない。