ゲルマニア艦隊の動向
クバナカン島を正式に割譲されたゲルマニアは同地に軍事基地と軍港を建設しており、数万規模の戦力と艦隊が駐在していた。偶然にもアメリカ合衆国とすぐに戦える場所にそれなりの戦力が結集していたのである。
「――本国からは待機を命じられているが、我々は仮にも友であるヴェステンラントを見捨てることは出来ない! 我が艦隊はヴェステンラントの救援に向かうぞ!」
大洋艦隊を預かるシュトライヒャー提督は、アメリカ合衆国による宣戦布告の報を聞くと、独断で出撃を命令したのである。艦隊はヴェステンラント大陸の東岸を北上し、アメリカに向かっていた。
「閣下、アメリカ軍の動向について、ヴェステンラント軍から情報提供がありました。アメリカ軍はその総兵力300万を10の部隊に分け、大陸全体を同時に攻撃しているとのこと。またその部隊の一つは、東海岸に沿って南下しているとのことです」
「ちょうどいいな。そうでなかったら困る」
海上においては戦艦アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンを抱える有力な艦隊を持つシュトライヒャー提督だが、陸上に投入出来る戦力は心もとない。敵が海沿いに進軍してくれていて助かっている。
「閣下! ハーゲンブルク中将閣下がここに向かわれているとのこと!」
「何? どうしてここにいるのかは分からんが……すぐに呼んできてくれ」
「はっ!」
女王ニナに招かれてヴェステンラントにいたシグルズ。シュトライヒャー提督がアメリカ合衆国を攻撃する為に出撃したと聞くと、大急ぎで飛んで来たのである。
「――シグルズ、君がいてくれると心強い。早速だが、ヴェステンラントにいた君からして、何か新しい情報はないか?」
「あー、目新しい情報はないかと。敵が魔導兵そのものであるというのくらいでしょうか」
「そうなのか?」
「はい。アメリカ軍は天上の軍勢を名乗っている割には、その中身はヴェステンラント軍と大差ないようです。ただ、数は尋常ではありませんが」
「なるほど。敵が我々の知る者であるのならば、戦いようはあるな。シグルズ、手を貸してくれるよな?」
「もちろんです。アメリカなどというものは、この世界に存在してはならないのですから」
かくして艦隊は北上する。
○
一方その頃。当の東海岸を治めるクロエはアメリカ軍と激しく刃を交えていた。
白の国の首都であるノイエ・アクアエ・グランニは元より城塞都市ではなく、都市の外と中を区切る目的の儀礼的な城壁があるだけであった。アメリカ軍の侵攻を受けて城壁は補強されたものの、その防衛力は十分とは言い難い。
「敵軍、再び攻め寄せて参ります!」
「次から次へと……。弓隊、ありったけの矢を撃ちまくって下さい!」
城壁の前には無数の死体が転がっていたが、圧倒的な物量を誇るアメリカ軍は犠牲など気にしないのか、何度も何度も真正面から攻撃を仕掛けてきた。クロエは城壁の上から魔導弩による射撃を行わせ、アメリカ軍を迎え撃つ。たちまち何千というアメリカ兵が矢に貫かれて倒れたが、それでも食い止めるには全く至らず。敵兵は城門をよじ登ってきた。
「敵が登ってきます!!」
「白兵戦用意!! この城壁は死守しなさい!!」
「はっ!!」
籠城戦の定石通りに熱湯やら岩やらを落とすも、敵はまるで恐れなかった。アメリカ兵が城壁に到達し、斬り合いが始まらんとした当にその時である。
「空から敵が来ます! 敵のコホルス級魔女かと思われ、数はおよそ1万!」
「アメリカにもコホルス級が……。ならば、こちらも受けて立つまでです。魔女隊総員、出撃! 敵を迎え撃て!!」
敵はゲルマニア軍ではなく、対空機関砲や高射砲の脅威に晒されることはない。ヴェステンラント軍の魔女達は自由に戦える。
「その前に、景気づけといきますか」
クロエは魔法の杖を構える。レギオー級の魔女の力を控える必要もないのだ。たちまちクロエの周囲に数千の剣が現れ、アメリカ軍の魔女の群れに向けて飛んで行った。鋭い剣は人間など軽々斬り裂くが、命中率にはあまり期待出来ず、効果はそこそこと言ったところ。千ほどの魔女を落としたところで、レギオー級の魔女同士の戦端が開かれた。
同時に、城壁の上でもアメリカ兵との白兵戦が開始される。ヴェステンラントの魔導兵は質が低く、人形のようなアメリカ兵を相手にしてもなお、苦戦を強いられていた。
「左翼、突破されそうです!」
「――私が援護に向かいます」
「さ、左様ですか」
これが最初で最後の防衛線。突破される訳にはいかない。クロエはすぐさま危機的な戦域に飛んでいき、剣の爆撃を喰らわしてアメリカ兵を殲滅した。
「大丈夫ですか?」
「兵を減らされましたが……まだ耐えられます!」
「その調子です。断じてここを突破される訳にはいきません」
「殿下! 敵が空から城内に侵入しています!!」
「クッ……物量で押し込みますか……」
コホルス級の魔女達は訓練されたよい兵士であるが、敵の数は余りに多く、損害を気にせず無理やり城内に突っ込んで来る敵を食い止めるのは困難であった。
「コホルス級の魔女を一部取りだして防衛を――」
「殿下! 南よりゲルマニア艦隊が現れました!」
「ゲルマニア? ……助けに来てくれたと?」
大洋艦隊は何とか間に合ったようだ。