宣戦布告
「そう、か……。ヴェステンラントは、変えれれるやもしれぬのか」
「はい。陛下ほどの力があれば、成し遂げられる筈です」
「よかろう。その努力はしてやろう」
「きっといい国が造れる筈です」
ニナはヴェステンラントを変えることを決意した。無用な血を流さずとも済む方法を探るのは、人間のあるべき姿だ。
「さて、話したいことは話し終えた。ここの本を読んで回ってもいいし、帰ってもよいぞ」
「未来の歴史なんてそんなに見たくないので、帰ります」
「ふっ。そうか」
ニナとシグルズは王都ルテティア・ノヴァに戻った。が、王宮はただならぬ喧騒に包まれていた。
「おい、何があった?」
ニナは目の前を走り抜けていった男を引っ捕まえた。
「へ、陛下!? そ、それが、一大事にございます! 我が国の北方国境が、何者かの攻撃を受けているとのことで、一体何が何やら……」
「そうか。もうよい。下がれ」
「ははあっ!!」
「一体何があったんですか?」
「余も分からぬ。あるとすれば北方民族だが……いや、向こうから攻撃してくるなどあり得ぬ」
ニナもさっぱり困惑していた。シグルズは尚更である。一体全体何が起こっているのか、最も早く把握したのは枢軸国総会に参加している代表達であった。
○
シモンがニナと同じ報告を受け、混乱する枢軸国総会。互いが互いを疑う中、演壇に見るから悪人面をした男が現れた。
「やあやあ皆様方、どうぞ落ち着いて下さい。私からご説明いたしましょう」
「お前は! ルーズベルト……!?」
「ええ、そのようですね……」
シモンとクロエは苦々しい表情を浮かべる。そこにいたのは間違いなく、既に死んでいる筈のルーズベルト外務卿であった。動揺しているシモンの代わりに、クロエが彼に問う。
「あなたは、ルーズベルト外務卿なんですか?」
「ええ、そうですとも、クロエ殿下。お久しぶりにございます」
「あなたは粉々になって死んだ筈なのですが、これはどういうことでしょうか?」
「殿下、少々突拍子もないことを申し上げますが、私は人間ではないのです」
「……比喩ではなさそうですね」
「ええ。私は大天使、ミカエル。私は、この世界を滅ぼす為に遣わされた存在です」
「それは妄想ですか? それとも冗談ですか?」
クロエはそうあって欲しいと思いつつ尋ねた。ルーズベルト外務卿は平然としており、狂っているようにもふざけているようにも見えなかった。
「まさか。私の言葉に嘘はありません。私は天上の軍勢を率い、あなた方人類を滅ぼそうと思います」
「人類の意思である枢軸国総会で、よくそんなことが言えたものです」
「だからこそです。私は、全ての人類に宣戦を布告します。滅びの日まで精々抵抗して見せることを期待していますよ」
「ほう? では、そんな奴は殺して構わないですよね?」
クロエは両手に剣を作り出し、ルーズベルト外務卿に向けた。会場は息を呑むが、クロエが動くより先に、ルーズベルトの喉を刃が貫いていた。その剣の持ち主はクロエのメイド、マキナであった。
「お前など、何度でも死ね」
マキナはこれでルーズベルトの命を絶ったと確信した。しかしルーズベルトは、喉の前後から剣を生やしながら、服を真っ赤に濡らすほどの血を流しながら、愉しそうに笑った。
「言ったではありませんか。私は大天使。人の力で私を殺せる訳がありません」
「そんな馬鹿な――っ!」
「マキナッ!!」
ルーズベルトはマキナの首を掴み、その体ごと持ち上げた。
「おや、君は普通の人間ではないのか」
「クソッ……いい加減に、死ねっ!」
マキナもまたほとんど不死身の存在である。普通の人間ならばたちまち失神するような力で首を絞められても、負けじとルーズベルトの左胸に剣を突き刺した。しかしルーズベルトは、痛くもかゆくもないと言わんばかりの様子である。
「言ったでしょう。私は人間ではないと。人間と同じ方法で私を殺すことは出来ません」
「マキナを離せっ!」
「おやっ」
クロエはルーズベルトに斬りかかり、その両腕を斬り落とした。どうやら肉体の耐久力については普通の人間とそう変わらないらしい。彼の両腕と同時にマキナも床に倒れ込み、クロエは彼女を庇ってすぐさま距離を取る。
「まあ、いいでしょう。ここまですれば、皆様も私の言葉を信じていただけるのではありませんか?」
そう問いかける先の人々は尽く、ルーズベルトに銃口を向けていた。
「――やれやれ。それでは、私はこれにて失礼いたします。皆様、審判の日までお元気に」
ルーズベルトは恭しくお辞儀をすると、堂々と会議場を退出した。それを取り押さえようとする者はいなかった。晴政ですら、ここで手を出すのは得策ではないと判断したのである。
「ヴェステンラントのシモンよ、どうやらルーズベルトはヴェステンラントを最初に攻撃しようとしているらしい。直ちに敵の規模を調べよ」
「晴政様と言えど、命令を受ける筋合いは――」
「シモン、そんなことで言い合っている時ではありません。すぐに情報を集めましょう」
「そ、そうだな」
非常時であることは誰にも明白。ここで面子に拘っている余裕はなかった。