001.異世界転生的なサムシング
初投稿です(大嘘)
展開はゆっくり目かなと思います。
――――空の向こうの星の海の彼方には、誰も知らない未知の星々がある。そしてそこには、まだ君のしらない君がいるのだ。
幼少期、父親にそんなことを言われたのを覚えている。父は小さいころ宇宙飛行士になりたかったらしく、このような宇宙関連の語録というか、それに類するサムシングを大量に持っていた。
私はといえば、それを聞いても「何言ってるんだこのオッサン」みたいな目を向けていたように思う。
実際、宇宙とか興味はなかった。むしろ当時の私は、もっぱら興味の対象はゲーム機に集約されていた。
俗に一部の界隈(主に私限定)で有名な「モンスターもの爆発期」。
カンブリア爆発めいているネーミングだが、実際そんなものだ(※編注:語弊あり)。
いわゆるボールを投げてモンスターを捕まえ図鑑にのせ育て対戦する、ポケットなサムシングがはやった時期。第一次のそれにかこつけた「類似商法」、粗製乱造とはいわないが似たようなものが大量に生産されるのが世の常であった。デジタルなサムシングだったり、ファームなサムシングだったり、あるいはデビル召喚なサムシングだったり。俗にポケットなサムシング商法とか呼ばれるもとは違うのがミソだ(あっちは同時期に複数バージョン別タイトルを同時発売するサムシングだったはず)。
ともあれそんな時期、私も当然大御所たるポケットなサムシングを遊んだし、そしてそれに飽き足らずそれはもうあさりまくった。粗製乱造とは言わないが、とは言ったが実際粗製乱造も多数あり、何度も小遣いと時間を弄した結果として、非常に鋭敏なクソゲーセンサーを搭載するに至った当時小学生の私であった。
ともかくそんな風に、どこにでもいる普通の子供として……経済的には多少恵まれていたかもしれないが、ともかくそんな風にどこにでもいる普通の子供として。
ごくごく当たり前にゲームを遊び、やがて飽きては卒業し、過去に消費したそれらの金額を前に頭を抱えたりもし、そしてそんな葛藤もはるか昔と忘れ去るように大人になっていった。
だから……、そうだな。現状がちょっと理解できない。
端的に言って、私には二つの記憶がある。
あえて一人称で分けよう。「僕」と「私」だ。
「僕」の記憶が正しければ、僕は今年八歳。あと数年でスクールを卒業し、社会人としての身の振り方を考える年齢だ。だいたいは親のあとを継ぐか知り合いの家に出稼ぎに出るパターンが一般的である。
「私」の記憶が正しければ、私は今年でいい年したオッサンである(年齢はスルーさせてもらいたい)。それなりに仕事で実績をあげ、それなりに成功も失敗もする平社員。彼女的なサムシング? いるもんかそんなサムシング、ほっとけっ。
そして自らの体の感触を確かめる限り、どうも私の肉体は「僕」のそれであるらしい。
ちょっと頭が混乱しているのは、何も記憶が二つあるからという訳ではない。
私の目の前で白目向いて伸びてるこの爺さん。古い仙人というか、長老とか、そんなイメージのサムシングな容姿をしている。かといって服装はどこぞの東方不敗を赤く染め上げたような、それにしてはディティールが全然異なるような、少々奇怪なサムシングを着ている。
そして彼の眼前には、五つの宝石が埋め込まれた青龍刀のようなサムシング。
『――――やれやれ、成功と言えるだろうか。まあ失敗という訳ではないようだが……、ん?』
そしてそんな老人と私を見下ろして声を掛けてくる何者か。声の方を見上げると、これまた非常に形容が難しいサムシング。
一言で言えば、五芒星型の何かである。その中心には目のようなものがあり、気の制でなければうっすら赤く光っている。何かしらの生物であるのはわかるのだが、だからといって何の生物だと断定はできない。ヒトデのようだと形容するのが一番早いが、それにしては五肢は太いし生物的な柔毛さえない。
不思議と恐怖こそ感じなかった――混乱する「私」はともかく「僕」が恐怖を感じなかった――ものの、状況が全く理解できないことに変わりはない。そして再び周囲を見回す。
部屋はこう「私」の記憶でいうところの古民家の物置ような感じだ。木造建築。若干空気が湿ってる。そして入り口からほんのり差し込む光が私の視界を確保していた。
「これは……、どういう状況なのでしょうか」
改めて言葉を口にすると、その五芒星型の生物はぴくり、と震えた。
『子供らしからぬ言葉遣い……。むー、ちょっと失敗したかな? とりあえず自分の名前を言えるか?』
失敗とは何だ。何を失敗したというのだ。それはそうと、五芒星のサムシングが私に話しかけてくる。声は結構ナイスミドルなもので、なんとなく聞いていて落ち着くものであった。
だからといって私の混乱状態が解消されるわけではないが。
しかし……、これは「私」の名前を聞いたわけではないのだろうな。
「えっと……、『僕』は、ツルギです。ツルギ・クジョーヒトモジ」
特に漢字圏の文化という訳ではないが、「僕」はそんな名前をしていた。
「状況がよくわからないのですが……、『私』に教えてもらってもいいでしょうか。この倒れているご老人は一体……」
繰り返すが眼前にいるのは、ぷかぷか浮いている五芒星の生物的なサムシングだ。明らかに正体不明の生物であり「私」からすれば狂気の対象のそれである。
しかしどうにも「僕」はその相手に対して、特に忌避感を抱いていることもないらしい。「僕」の記憶自体は結構あいまいなのだが、こんな名状しがたい生物が空中を闊歩しているくらい、別に変な光景ではないという認識があった。
『むぅ……。まあ私の召喚者が気絶している以上は仕方あるまいか。不手際ではあるが、これはどちらかといえば召喚者の問題であろう。
我が名はダイ・ラピア。薬学に通じるサムワンスピリッツの一種である』
「……サムワンスピリッツ?」
その単語、「僕」は聞き覚えはあるが「私」に聞き覚えはない。
というよりも、「僕」も名前を知ってはいるがどんなものだと具体的に「私」に説明できるだけの情報量を持っていない、というべきだろうか。
まあ名前からして精霊とか、そんな類のサムシングなのだろうという予想は立つのだが。
それを細かく聞く前に、ダイ・ラピアは話を続ける。
『そこで倒れているは我が召喚者、ザンコウ・クジョーヒトモジ。貴殿の祖父にあたる』
「『僕』のおじいちゃん……?」
『うむ。そしてちょっとした記憶錯誤である。さすがに老いておるからな』
オイオイ。
『そのせいもあって、貴公の「蘇生」にも微妙に失敗したのだろう。この部分については、祖父を責めないでやってほしい』
「……えっと、ちょっと待ってもらって良いでしょうか? 蘇生とは? ひょっとしてですが私、臨死体験的なサムシングをさまよっていたということで?」
『サム……? まぁ、死にかけてはいたな』
どうにも話を聞く限り、『僕』ツルギは何かしら病気にかかっていたらしい。
ある日のスクール帰り。家に帰ってきた「僕」は突然倒れ、そしてそのまま即入院。
病名が発覚したのは進行がもう手遅れになった時点のそれであり、取り返しがつかないレベルで死にかけていた。
もはや打つ手なし。せめて最期は家族で看取りたいという両親の意向により、自宅で最期の時を迎えるはずだった。
それをひっくり返したのが、このザンコウお爺ちゃんであるらしい。
彼は自らが契約していたサムワンスピ……、長いな、とりあえず精霊としよう。自らの契約していた精霊である、このダイ・ラピアを呼び出した。そして死にかけていた私を復活させるに必要なものを取りそろえ、ほぼ臨死状態だった「僕」を無理やり蘇生したのだとかなんとか。
気絶しているのは、その時に魔力的なサムシングを大量消費したからだとのこと。
「それで、失敗とは……?」
『うむ……。おそらくだが『他惑星の』貴公が混じってしまったのだろう。貴公、記憶もしくは人格が二つ以上存在するのではないか?』
「えっと……」
人格についてはよくわからないが、記憶については確かにそうだ。
少なくともアイデンティティが完全に二つに割れている。とはいえ人格は一つなので、これはこれで奇妙な感覚であった。そのあたりのことを伝えると、ダイ・ラピアは訳知り顔な風に頷き(具体的に言えば目を細め五芒星の上左右のそれを組み合わせ腕を組んでるみたいにして頷き)、そのまま私の目の前に降りてきた。
ぴょこぴょこと脚的なサムシングで歩きながら説明をする姿は、名状しがたい姿かたちではあるものの不覚にも可愛いと思ってしまう何かがある。
『私が行ったのは、死にかけていた貴公の欠損した魂と肉体、それぞれを「他の貴公」からコピーして引っ張ってきたようなものだ』
「……はい?」
ちょっと何言ってるかわからないですね。
『ふむ。そうだな……、貴公の記憶で、魂や心などについて、問題はないか?』
「えっと、はい、たぶん……? 意味はわかっています」
『よろしい。我々サムワンスピリッツの考え方に沿えば、魂とは「複数の惑星をまたぎ存在する」ものであるとされる。
魂とは、惑星単位などではなくより宇宙の根幹的な箇所に存在しており、そこからの発露が惑星の生命体たちのそれであると』
「話がみえてこないのですが……」
『そこで先ほどの話に戻るが。つまり生物とは「複数の惑星において」「魂を共有する個人」であるということだ。ある意味で我々の存在もそういったロジックに端を発しているとこがあるが……、うむ、混乱しそうだな。これはおいておこう。
つまり貴公――――この惑星における貴公と、この惑星でない場所での貴公は、同一の魂を持つ存在。言うなれば別世界の貴公同士、生まれ変わり、なんとでもいろいろ言い表せるそれなのだ。ここまでは問題ないか?』
「あー、ぎりぎりでなんとなく理解はしたような、してないような……?」
ちょっと難しく考える話になってきたが、単純化すればアレだろう。パラレルワールド、異世界において同一人物が存在するかしないかみたいな問題だ。
つまるところ「僕」とは「私」にとって、この惑星(世界)での「私」ということなのだろう。「僕」と「私」は異世界における同一人物的なサムシング。あるいはダイ・ラピアの言ったように生まれ変わり的なサムシングか。
そうなると、コピーしたとかについて詳しい原理はともかく、コンピュータのファイルみたいに考えればいいだろう。健康な「私」の身体の状態をコピーして、死にかけていた「僕」の体の箇所に上書きした。
バックアップから復旧するように、破損したファイルが修復されれば、バグを起こしていたソフトは正しく動作する。「僕」と「私」が実質同一人物である以上、齟齬なくきちんと成立するということなのだろう。
それで、失敗とは?
『うむ……。本来ならば身体の状態だけをコピーするはずだったのだろうが、謝って精神、記憶や心、感情の一部もコピーしてしまったのだろう』
つまりバックアップ的なサムシングから復旧するときに、余計なファイルもコピーしてきてしまったらしい。……いや、余計なファイルというか、つまり「僕」と共存している「私」の記憶だのアイデンティティなどだが。
『コピー対象の選定や調整は我が契約者のそれである』
「嗚呼、だから許してくれって話になるわけですね。本来は起こさないはずの失敗をしたのだと」
いや、そりゃ確かに本来の「僕」からすればどういう状況なんだよ! という感覚ではあろうが。
そして「私」からしても、この自らのアイデンティティを異物と言われて良い気分はしない。しないが、だからといって積極的に消え去りたいという風に思う訳でもない。普通のオッサンである、別に生活に行き詰っていたりしたわけでもないので、破滅願望の類とは縁がないのだ。
「怒りはしませんけど……、どうしたものかというのが正直な感想ですかね」
私の手前で胡坐らしきサムシングをかくダイ・ラピアに、正直なところを言った。
『まぁ、普通に生きるのがよかろう。両親も我が契約者もそれを望むはずだ』
「それはそうなんでしょうけど……。いえ、アイデンティティは両立してるんですが、人格で言うと明らかに『僕』のそれが『私』のそれに押し出されてるんですが」
『それはそうだろう。この惑星の貴公とコピー元の貴公で、生きた年数が違いすぎる』
いや、それはそうなのだが。倍以上違うのは確かなのだが。アイデンティティクライシスを起こしていないのがちょっとびっくりな状況なのだが。
『人格が崩壊していないのは、元々同一人物であるからだろう。おそらくコピー元のそれと、貴公のそれは統合されているはずだ。ただ経験値や割合の関係で、どちらの面が強く出てしまっているかだ』
「なんでしょうかね。現世の私が、今世の僕の肉体を乗っ取ってしまってるような感覚なのですが……。『僕』に対して申し訳が立たない感じがすると言いますか」
いい年したオッサンが小学生くらいの子供の肉体を乗っ取っている、とか聞くだけで犯罪めいている今日この頃。
『何、誤差だ。そもそも同一人物なのだから貴公が気にすることでもあるまい』
対する返答はどこか私の葛藤を理解できないのか、あるいは無視するそれで。改めて眼前の存在が、人間ではないサムシングなのだろうとはっきり認識させられた。
とにもかくにも、いろいろ在りすぎてどうしたらいいのだろうか……。
一服、休憩がしたい。コーラとなんこつの唐揚げが食べたい――――オッサン、アルコールが全然ダメなものでな!