中編(ひとりかくれんぼ)
前後編で予定していましたが、予想より長くなってしまったため中編を投下します。
今夜0時に後編(完結編)を投下予定。
リコの家についた。
来たくは無かったんだけど・・・
すっかり夜が明けたとはいっても、まだ6時前。すずめのさえずる声しかしない。気持ちのいい朝だった。なのに、その目の前の家はあきらかに何かおかしかった。目に見えない何かが家の中から溢れ出ている。
きっと幽体離脱状態でなら、とんでもない景色が見られるはずだ。1ヶ月の間にいろいろなことがあって、今では幽体でない状態でも存在を感じ取れるようになっていた。
「見えますか?藍沢さん」
「いえ、なんとなく気配を感じるだけです」
「そうですか。詩乃が言うには、藍沢さんはもう見ることが出来るはずだ、と」
「見たくないので・・・」
「見えるはずだけど、見たくないから見えない、か」
「北島先生こそ見えてるんですか?」
「いえ、全然。何も感じられません。私は科学者ですし、医者ですから。詩乃が私の患者である以上、客観的な視点を外れるわけにはいかないんですよ」
ニコッと笑いかける北島先生にドキッとする。そっと目をそらすとリコの家に向き直る。
「それで、リコと詩乃は・・・」
「先ほどクルマの中でお話した通り、家の中です。もう3時間以上経ちますけど、何も連絡はありません」
「え?でもさっきわたしの携帯で詩乃と話をしたけど」
「ええ。でも私の携帯は繋がらないのですよ。仕方ないので失礼ながら藍沢さんを迎えに上がったというわけです。おそらく、藍沢さんの携帯にも着信履歴は残ってないと思いますよ」
そんな馬鹿な、とスマホの履歴を見返した。
「ない」
さっきの通話どころか、最初に確認したはずのリコからの着暦もない。
「詩乃がコンタクトを取ったのは夢の中で、ですね」
「ああ。そういうことか・・・」
目眩がした気がしたのは、本当は目が覚めていなかったからか。
「それより、桜木リコさんと詩乃を助け出すために力を貸してください」
「う、うん。もちろん」
北島先生は微笑んだ。ドキドキする。こんな状況なのに、とわたしは心の中だけで思う。
「とにかく家に入りましょう?北島先生」
顔が赤い気がして北島先生から目を逸らし、庭へ通じる通用門に手を伸ばした。
「あ、危ない」
北島先生が私の手を掴んだ。けど、一瞬間に合わなかった。電撃のような痛みがわたしの指先に走った。
「い、いっ」
びっくりして後ずさった。
「なにこれ」
「先ほど私も同じ目に遭いました。痛みはありますが怪我はしないようです。ですが無理に開けようとはしないほうがいいようです」
「ということは北島先生は試したということですか」
「ええ。私は詩乃の引率者のようなものですから。ですが・・・しびれで体が動かなくなります。力が入らなくなって開けられませんでした」
まじまじと通用門の取っ手を見るが、何も変わったところは無い。見かけには普通の取っ手だ。
「電気でも流れているんですか?」
「まさか」
「どうすればいいんでしょうか?」
「そうですね。これは推測ですが・・・」
北島先生は少し困ったような顔でわたしを見た。
「いや、やっぱり駄目です。藍沢さんを危険な目に遭わせることになってしまうので」
「そんな、詩乃が呼んだんでしょう?わたしが何かをしなくちゃいけないから連れてきたんでしょう?大丈夫です。わたしも少しは慣れてきましたし」
北島先生がじっとわたしを見つめていた。困った表情で。わたしで役に立てるなら少しくらいの危険なんてどうということはないよ。
「わかりました。まずは状況を説明しましょう。それから藍沢さんにもう一度お尋ねします」
頷くと北島先生は話し始めた。
「詩乃と私は午前2時頃に来ました。そして家の周りには何かが集まってきているようだ、と詩乃が言い出したのです」
「何かってなんですか」
「たぶん霊ですね」
「霊・・・。北島先生は詩乃の言ったことを信じますか?幽霊とか超常現象のことについて」
「信じるかどうかは関係ありません。医者としての私は立場上、オカルトの範囲にあるものは認めることはないですし、ましてや詩乃の主治医としては心霊現象を認めるわけにはいきません。しかし私の患者である詩乃には、それが見えているのですし、事実それに影響を受けるのです。そして現在、物理的に家に入れないという理解し難い状況が続いている。起きた事実をそのままお伝えしているだけですよ」
そう言うと北島先生はにっこりと微笑んだ。つられて微笑み返してしまった。
「詩乃は桜木さんを止める、と言うとクルマを降りました。私は通用門の前までついていきました。詩乃はその門を勝手に開けました。私に通用門の前で待っているように言うとそのまま玄関の前まで行き呼び鈴を鳴らしました。ところが誰も出てきません。何度か鳴らした後、ちょっと待って、と言うと詩乃は玄関に寄りかかったまま意識を飛ばしているようでした。数分後、私に藍沢さんが来ていることを伝えると、また呼び鈴を押し始めました」
詩乃に急に声を掛けられた時のことだ。
「詩乃は直接見えなくても感じ取ることが出来るんですね。わたしは庭に影が見えるな、くらいにしかわかりませんでした」
北島が首をかしげた。
「詩乃は庭には入っていませんよ。もちろん私もね」
「え?じゃああれは・・・」
「詩乃が見たという霊ですかね」
いや、いや、それはいやだ。霊を見てしまった。見たくないのに見てしまった。不安が心の中で沸き起こりかけた。
「藍沢さん、落ち着いて。今は冷静に。それに今さらですよ。桜木さんを救い出す為には避けては通れません」
「う、うん」
「じゃあ続きを話します。詩乃は呼び鈴を押しながら、既に桜木さんはひとりかくれんぼを始めてしまったのかもしれない、と言っていました。『これだけ呼び鈴を押しても出てこないなんて、聞こえていない以外に考えられない』と」
心臓を鷲摑みされた気がした。
そうだ、わたしも呼び鈴の音は聞いていない。聞こえるはずなのに。そのくらい現実に近い状態だったはずなのだ。聞こえなきゃおかしい。どうして呼び鈴の音が聞こえなかったのか。
「詩乃は振り向いて私を呼ぼうとしました。私は緊急的要件であると判断し敷地に踏み込もうとしました。ところが、見えない壁にぶつかったのです。跳ね飛ばされるように倒れました。そして通用門は勢い良く閉じられ、そして先ほどのような状況となったのです。もうその時には詩乃の姿は何処にもありませんでした」
「北島先生はどうしてわたしを迎えに?」
「詩乃になにかあった時にはそうするように決めてあったのです」
「そうだったんですか」
「ここまでが客観的な事実です。ここからは詩乃から聞いた主観的な話です」
「う、うん」
「詩乃が悪夢の世界に自由に出入り出来ることはご存知ですよね。昨夜、詩乃は悪夢の世界が桜木さんの家に繋がりかけていることに気づきました」
「え?本当ですか?というかどうやってそれを・・・」
「方法を私に聞かれても答えられませんが・・・。詩乃は危険だから中止させたいと言いました。午前0時頃のことです。すぐに桜木さんに電話したのですが電源が入っていないようでした。それで直接来たのです」
「けど止められなかった、と」
「はい。桜木さんは予定を切り上げて始めてしまったようです。ここに着いた時、詩乃が言うには家の周りには霊がたくさんいる、と。もう手遅れかもしれない、と」
わたしが頷くと北島先生は続けた。
「ひとりかくれんぼは『自分にかける呪い』なのです。呪いの方法として世界中で人形を呪いたい相手に見立てて刃物を刺したり、水に放り込んだりして、人形と同じ目に遭わせるやり方が伝えられています。丑の刻参りだって人形に釘を打ちつけるでしょう?相手の名前を書いたり髪の毛を入れたり。そして世界中の呪いには、必ず効果と代償があります。では、自分で自分を呪ったらどうなるのでしょうね?」
「呪いと代償が全部自分にやってくる・・・」
「桜木さんの家の中では、今、そういうことが起きているんです。藍沢さん、それでもあなたはこの家に入りますか?」
しばらく考えた後、わたしは北島先生の目を見て答えた。
「詩乃もリコも友達です。助けに行かなくちゃいけないのならわたしは行きます」
「そうですか」と言うと北島先生はにっこりと笑った。
「では、方法は簡単です。そこに私の車がありますから、シートを倒して眠ってください。詩乃が見つけてくれるでしょうから。それで合流できます」
「その後は?」
「わかりません。実際、詩乃がどうしようとしているのか、私にはわからないことだらけです」