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前編(ひとりかくれんぼ)

「ひとりかくれんぼをやろうと思うんだけど」


 梅雨明けの金曜の昼休み。リコとわたしと詩乃は一緒にご飯を食べていた。


「え~?小学生?かくれんぼって意味わかんないんだけど?」

 わたしは素直にそう言った。


 リコはコンビニで買ったパンと紙パックのアップルジュース。

 わたしは家で作ってきたお弁当。

 詩乃は購買の海苔弁だった。


 なんで海苔弁なの?と聞いたら「食べたこと無かったから」という返事が来た。


 このセレブが!


「沙織、ひとりかくれんぼっていうのは・・・なんていうのかな、子供の遊びのかくれんぼじゃなくて・・・」

 わたしが自分でお弁当を作ってきたのはお金がないからだ。


 仕送りの少ない一人暮らしだから毎月いつもギリギリ。


 本気でアルバイトを探そうかな。田舎育ちのわたしにも出来るアルバイトがあるといいな。


「どこから説明したらいいのかな。詩乃は知ってる?ひとりかくれんぼ」

「ううん、知らない。けどリコが言うんだから、きっとオカルティック」


 え?そっち?


「お、さすが詩乃。察しがいいね。ネットの都市伝説でもトップ3に入る有名な話だよ」

「やっぱりオカルティック。シノは反対。よくわからないものに迂闊に近寄るのは良くない」

「そうだよリコ」

「いやあ、せっかく幽体離脱出来るスキルがあるのだし?ひとりかくれんぼの考察をするのにも都合がいいんじゃないかって思うのよね」


 いや、なんで考察しなくちゃいけないのか意味がわからないんですけど。

「リコ、ひとりかくれんぼってなに?シノにもわかるように説明、してほしい」

「うん。沙織は聞きたく無さそうだけど」

「だから怪談は苦手なんだって!出来るだけ聞きたくないの」

「けど、止められてもやるし、なんかあったら詩乃と沙織にも頼ることになるから。ちゃんと説明しとくね」


 そうだよね、そうだよね。止めてもリコはやるよね。

「ひとりかくれんぼは、降霊術だって言われているの。いくつか準備の手順があって、まずはぬいぐるみを用意するところから始めるの」

 そう言いながらリコは自分のバッグからぬいぐるみを取り出した。

「うわっ、なにそれ」

 3頭身くらいの女子高生型ぬいぐるみが出てきた。それもうちの制服にそっくり。

「これさあ、プレゼントでもらったんだよね」

「だ、誰に?」

「1年の男子。ちょっとあれな感じの子。まあ、何かあったわけじゃないんだけどさ。私なんだってさ、このぬいぐるみ」

よく見るとどことなくリコに似ていなくもない。目の感じとか髪型とか。

「う、うん。作ったんだね、その男子が」

「そうそう。手芸部だって言ってた。まあそれはいいんだけど」

「いいんかい。リコそっくりのぬいぐるみを作ってプレゼントしてくるなんて時点で何か念がこもってそうで怖いんだけど」

「そうそれ。その1年の男子が私に見せてきてさ。なんか回収しとかないと変なことに使われそうな気がしたから半ば強引にプレゼントさせたってのもあるんだけど。でも貰っても私も処分に困るって言うか。それなら有効活用しとこうと思って」


 ひとりかくれんぼに使うのが有効活用なんですか?


「で、ひとりかくれんぼの話に戻るんだけど、用意した人形の中綿を全部出して代わりに米を詰める」

 詩乃の目がリコを睨むように鋭くなった気がした。

「米と一緒に自分の爪とか髪の毛とか血とかを入れる」

「リコ、それ、呪い」

 詩乃が困った顔でつぶやいた。

「うん、知ってる知ってる。ネットでちょっと調べたらいっぱい書いてあったよ」

「え?どういうこと?」

「沙織はなんにもしらないなあ。まあ、いいか。続きを話すね。中身を入れ替えたぬいぐるみは赤い糸で縫い直すの」

 ぬいぐるみをつい見てしまう。ばっちり背中を赤い糸で縫われていた。つまり準備済み。

「ち、血とか入れたの?」

「うん?入れといたよ。痛かったからほんの一滴だけど。針で刺した」

げ。そこまでやるか。

「今夜の午前3時、というか明日だけど、ひとりかくれんぼを開始します。方法とか順番とかはメモ作っといたから良かったら見といて」

「う、うん。けどどうすればいいの、わたし」

「沙織と詩乃は家にいてくれればいいよ。別に普通に寝てくれてもいい。でも一応、電話の電源切ったりしないでおいてくれたらうれしいな。ちょっとだけ保険をかけさせて欲しいかなって」

「う、うん。な、なんかあったら飛んでいくよ・・・」


 そんな話をしたからか、その夜は寝苦しかった。気になって何度も携帯電話を確かめてしまうし、妙にそわそわした。スマホで「ひとりかくれんぼ」を検索したりもした。


 怖かったから、体験談とかは一切みないことにしてウィキペディア系のやつだけ。それを見た限りでは、リコは夜中にぬいぐるみをお風呂に沈め、かくれんぼのようなことをした後、そのぬいぐるみを刺して隠れる、ということになっている。昼間、リコから貰ったメモもそんな感じだった。


 詩乃が言うには、自分の分身を刺して真夜中に押入れに閉じ篭るなんて正気の沙汰ではないらしい。いや、まあ、普通に考えても正気の沙汰ではない。リコと別れた後、詩乃は北島先生に相談すると言っていたけど。


 そんなことをしているうちに時計は午前2時を過ぎていた。午前3時から始めるって言っていたからリコは準備をしている頃だろうか。なんでリコはそんなにオカルトが好きなんだろう。それにネットで見たら「ひとりかくれんぼ」は10年以上も前に登場しているらしいし、いろんな人が検証とかやってるらしい。それをわざわざ自分で試す必要ないのに・・・


 スマホの時計を眺める。午前2時15分。もう飛んで行ってしまおうか。いや、でも、それも怖いけど。わたしは目を閉じた。少しだけ、少しだけ様子を見に行って、すぐに戻ってこよう。


 深呼吸をして布団の上に横になる。すうっと体が沈み込んでいく感覚。


 幽体離脱。


 それが出来るようになったきっかけは1ヶ月前。

 散々オカルトも怪談も嫌いだと言ったけど、幽体離脱は平気になった。

 北島先生がいろいろ説明してくれたおかげでもある。


 その話をすると長いからしないけど、かなり自由に離脱できるようになっていた。すっと体から抜け出すと、窓もあけずにアパートの外へ。高速移動でリコの家へ。何度か来たことがある。リコは両親とお兄さんの4人家族だったはず。


 上空からリコの家に近付く。


 いつもは白い車が停まっているのだけど、今日はない。


 ああそうか。リコが言っていたっけ。今夜は一人だから、と。両親と兄は大学の用事で泊りがけで出かけている。だから、家に一人しかいない。チャンスだから、と言っていた。   


 家の中に入るとリコに気づかれそうだし、それに怖いから窓から様子を伺おう。


 窓から覗く家の中は静かだった。


 幽体離脱中の世界には人間はいない。


 たぶん人の意識から少しずれた世界を飛んでいるんだと思う。

 わたしの理解の中では現実から遠くなればなるほど常識が通用しない世界、夢の世界に近くなっていく。

 今はかなり現実に近い感じだけど生きている人間が見えるほどではない。

 現実に近ければ近いほど、移動に制限がかかるから。


 一度窓から離れて再び家の上空へ。


 あれ?


 リコの家の裏手に大きな白い大きなセダン車が停まっていた。あれはたしか北島先生のベンツじゃ・・・そっか詩乃も心配になって来ているのか。じゃあ少し安心かも。


 って、あれ?なんか庭の辺りに人影が見えた気がした。近付くのは・・・いや無理。経験から、人間が見えないはずの世界で見える人影は生きた人間ではない。同じように離脱状態の人か、幽霊か。

 いや、いや、見たくない、見たくないんだってば。


 わたしは慌てて遠ざかる。

「沙織」

 急に後ろから声を掛けられて、わたしは飛び退いて振り返った。

「なんだ詩乃か」

「沙織、心配して来てくれた?」

「うん、やっぱりちょっと」

「そう。ちょっと来て」


 高度を下げて家に近付く。

 見たくないのに庭を見てしまう。

 さっきの影は見当たらなかった。


 何処へ行ったのだろう。


「さっき見上げたら沙織が見えたの」

 え?じゃあさっきの影は詩乃?

「リコはもう準備を済ませてる。でも止めないと。ひとりかくれんぼを始めてしまう前に」

「え?なんで?」

「時間が無い。シノは一度覚醒してもう一度玄関から呼び鈴を押してみる。現実世界でちゃんとリコを止める方が早いから。沙織は家に入ったらリコに呼びかけて」

「え、うん」

「急いで」

 詩乃はそう言うと、すうっと消えた。

 目を凝らすと入り口近くで動く影が見えた。


 詩乃の本体だ。


 わたしもそっと降りていく。

 さっき覗き込んだ窓へ。


 ちょっと躊躇ったけど、そのまますり抜けて中へ入った。


 足をつく。

「リコ?」


 一応、声をかけてみる。


 暗い廊下。


 明かりはない。


 二階から入ったから北側の通路へ出た。


 南向きの部屋が3つ。


 廊下を歩いて進む。


 たぶんお風呂は下だと思う。


 ひとりかくれんぼはお風呂でやる。

 そこでぬいぐるみにかくれんぼの宣言をして水の中へ入れる。

 一度出た後、再び戻って刃物を突き立てる。

 それから押入れに隠れる。


 階段を下りていく。

 現実にかなり近い世界。

 今夜は満月で窓からの月明かりでどうにか様子がわかる。


 リコの姿を探す。


 いない。


 バスルームを先に見つけてしまった。

 そっと覗いてみる。


 水が張られた浴槽。

 近付いて覗き込む。


 何もない。


 よかった、リコはまだひとりかくれんぼを始めてないようだ。


「リコ?」

 もう一度呼びかけた。


 返事は無い。


 すりガラスの引き戸が開きっぱなしになっていた。


 覗いてみる。

 居間のようだったけれどリコはいない。


 廊下の突き当たりのドアは閉まっていた。

 そっと開こうとして、ドアノブを掴み損ねた。


 もう一度触ろうとして、自分が霊体だったことに気づいた。

 ドアを開けられないので、そのまますり抜けるとキッチンだった。


 テーブルの上にノートパソコン。画面は・・・砂嵐。


 近付いてみると、動画再生されていた。


 昔のアナログ放送の時代でいう砂嵐というやつだ。

 ざーっという小さな音まで再生している。


 ひとりかくれんぼは、地上デジタル放送が始まる前の都市伝説。

 テレビをつけると午前3時は放送終了後の砂嵐が流れていた。

 というか、電波が無いと昔のテレビは砂嵐みたいな映像を写したらしい。

 そんな再現不可能なところまで動画再生でなんとかしようとするなんてリコらしい。


 がたん、と物音がした。


 振り向いたけれど誰もいない。

「リコ?」

 音がした方へ歩いていく。

 キッチンの流し台がある。

 流しの上には包丁が一本置かれている。


 パキッ。


「誰?」

 何かを踏んだような音。

 振り向くけれど人影は無い。


「リコ?」

 リコは何処にいるのだろう?

 ひとりかくれんぼを始める前から明かりを消して砂嵐映像を流しているなんて。


「リコ?」

 隣の部屋への引き戸は開きっぱなしだ。

 部屋に入る。

 テレビ、本棚、カレンダー・・・ソファーはテレビの前に置かれている。

 ソファーの前へ歩いていく。


 唐突にテレビの電源が入った。


「きゃあ」

 思わず声を上げてしまった。


 ザーッという連続した雑音を上げ始めると、画面いっぱいに砂嵐を映し出した。


 その時、部屋の奥の扉が一気に開かれるとリコがコップを手に走り出してきた。


 わたしには目もくれずバスルームに駆け込む。


「私の勝ち!私の勝ち!私の勝ち!」

 そう叫ぶ声が聞こえた。

 それから廊下の電器がいきなりついた。

 次にキッチンの電器が点く。


 急に明るくなってわたしはまぶしくって目を閉じた。


「あっ」

 急速に上昇する感覚に襲われてわたしは目を開けた。


 家の天井をすり抜けてわたしはリコの家を見下ろしていた。


 上昇する感覚は止まらない。


 視界が周りからブラックアウトしていって、わたしは意識を失った。



 気がつくと自分の部屋の布団の上でぼうっとしていた。


 既に外は明るくなり始めていた。

 スマホを掴むと時間を見た。


 午前5時。着信が何度かあったようだ。


 最初の着信は午前3時半。

 リコから。

 その後、4時過ぎに詩乃から。

 詩乃は3度電話をしてきている。


 リコに電話をかけた。


 出ない。


 続けて詩乃に電話をかける。

「もしもし」

 詩乃の声がして、ほっとした。


「リコは無事?」

「いちおう無事。だけどリコの家が大変なことになっている。シュンイチが迎えに行ってる。沙織も手伝って欲しい」

「え?なに?どういうこと?」

 詩乃はそれだけ言うと電話は唐突に切れた。


 何がなんだかよくわからない。


 玄関のチャイムが鳴る。

 わたしは布団から出ようとして目眩で倒れ込んだ。

 ふうっと息をつくと今度は起き上がることが出来た。


 ドアの覗き窓から外を見ると北島先生が立っていた。


 ドアを開けた。


「藍沢さん、すみませんね。詩乃が藍沢さんを連れてくるように、と」


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