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第七話 打ち明ける

村上に打ち明けます





~ 21:00 自室 ~



「まさか、あなた昨日まで男だったって言いたいの?」


「ハイ…。ソノマサカデス…」


腰を半分浮かせて身を乗り出していた村上は、力なく腰を落とすと天を仰いだ。


そして、再び俺に視線を戻すとジッと見つめる。


「目の前に居るのは間違いなくカオル。

 でも、今日のカオルは普段とまるで違っていて、中身が男だったというなら理由がつくのだけど…。

 現実的にそんな事起こりえるの?」


「自分でも信じられないよ…」


俺の泣き言に村上は溜息をつくと、少し考えこむ。


重苦しい沈黙の時間が暫く続く。


俺自身が当惑してるんだから、第三者である村上なら尚更だろうな…。


俺が妄想したのはあくまで女として生まれていたらマシな人生を歩んでいたかもしれない。なら女に生まれてきたらよかったのにと思っただけで、今の俺が女になりたいと願ったわけじゃない…。


そんな事を考えていたら、一先ず考えがまとまったのか村上が話し出した。


「カオルの中が男だったとして、全くの別人格がカオルの中に居るのかというと、そうとは思えない。


 確かに女としては考えられないような恰好で会社には来た。それはカオルの社証とか見れば来ることは出来ると思う。

 けれど、教えられなければわからない会社の業務を普段とは比較にならないけど、教えなくても出来たのを見れば全くの別人格というのも考えられない。

 

 なにより、さっき作って貰ったナポリタンは間違いなくカオルのナポリタンだし、レシピを見るでもなく前に食べさせてもらった時と同じ様に手際よく作ってくれて、味も同じだったのがその証拠」


「川瀬薫なのは間違いないよ…。だけど、昨日まで男として人生を送って来たの」


「ええ、そう言ってたわね。


 だけど、性別も異なる別の人生を歩んできた人格が、女として今まで生きて来たカオルの中になり替わっているっていうのは現実的にあり得ない。

 

 でも、全くあり得ないかというと、以前テレビで似たようなケースをやってたわ。

 

 女としてそれまで生きて来たのに、今カオルが話した様にある日突然人格が男になってしまったの」


俺と同じだ…。もしかして俺みたいに並行世界から入れ替わったのか?

それ自体信じがたい事なのだけど…。


村上は俺の反応を見ながら話を続ける。


「精神科医がその女性の分析をし調査をしたの。

 

 調査の結果、解った事があってその女性は全く記憶に残っていなかったけれど、前日にレイプをされていたの。

 

 精神科医の分析では、その出来事が余りにも精神的にダメージが大きくて、自分を守るために新たな男の人格を作り出し、二重人格になったというわけ。

 元の女性としての人格は引っ込んだまま休眠状態になってしまい、男としての人格に入れ替わってしまった」


俺は、その話を聞いて背筋が凍る思いだった。

以前二重人格がどういう風に出来るのかという話を読んだことがある。

そのケースに確かにそういう事が起きていたならむしろ現実的にあり得る話だ…。


村上の話はさらに続く。


「その女性は男性として生きて来た記憶迄持っていたのよ。

 だけど、調査の結果その記憶は別の世界で男として人生を歩んで来たのでもなければ経験しえない現実では無い偽りの記憶だったの。

 

 その事についても、精神科医は夢でまるで別の人生を送るような体験をすることも出来る事を例に挙げて、恐らくそういう作用が働いたのではないかと。


 人間の頭の中って、これだけ医学が進んだと言われていても、まだ殆ど解っていないらしいから」

 

なにそれ、俺の話をそのまま聞いてる気分だ。

俺が昨日まで送って来た男としての人生は、男の人格が形成される過程で脳が見せた夢だったというのか…。

しかし、俺が昨日まで仕事をしてきた内容とかはっきり覚えているぞ…。それすら夢だったのか…?


それに、朝女の俺の身体には特に違和感は無かったぞ…。


俺が項垂れ気味に考え込んでいるのを見て村上が聞いてくる。


「あくまで、現実的に理由がつくケースを偶々テレビで以前見たから話しただけで、カオルのケースがそうだとは限らないわよ。


 改めて聞くけど、朝起きて何か違和感なかったの?些細な事でもいいのだけど」

 

俺としてはやはり並行世界の俺であるところの女の俺と中身が入れ替わったと考えるのがやはり一番しっくりくるのだけど…。


「朝起きたら、違和感は確かにあったよ。

 視線が低いとか、自分の部屋なのは間違いないのに、ところどころ違う所とか。

 だけど、例えばどこか痛かったとか、そういうのは無かったと思う」

 

「…それを聞くと、本当に昨日まで別の世界で男として生きてきて、何故そんな事が起きたのか理由は分からないけれど、私の知っている女として生きて来たカオルと入れ替わったと考えた方が腑に落ちるわね…。

 ちなみに、どんな事が違ってたの?」


「うーん…。

 最初に気が付いたのはシーツの色が違ってた。昨日まで灰色だったのに水色に代わってた。


 他にも、洗面台の中が男性用の整髪料とか入れてたのが、見た事のない女性物に代わってたよ。でも、ドライヤーとか同じものもあった。

 それに、洗面台の引き出しに洗剤が入っていたのは同じだけど、見た事のない洗剤や、洗濯ばさみ入れてた箱の位置に化粧品が入ったポーチに代わってた。


 お風呂場は特に酷くて、ボディーソープとか全部見た事のないものに変わってて種類も増えてて、どれがどれだかわからなくて朝苦労したよ…。

 

 だけど、家具とかテレビとかそういうのは同じものだと思うよ」


俺の話が一段落するまで、じっと聞いて居た村上が微妙な表情を浮かべて溜息をつく。


「本当に、私が見たテレビのケースとそっくりだけど、別の世界の自分に入れ替わったとしか思えない体験をしたみたいね…。

 正直、信じられない気持ちが消えないのだけど。

 

 だけど、風呂場のシャンプーとかが不揃いになっていたのはそれで理由が着くわね。

 中身が男のカオルなら、化粧品を見つけても化粧してこなかった理由もこれでつくし。

 

 これが、テレビでやっていた二重人格のケースなのか、それとも本当に別の世界の自分と入れ替わったのか、それは分からないし、多分カオルもわからないのでしょう?」


「うん…。

 本当に、途方に暮れてるんだ…」

 

「でしょうね…。

 自分の身の上に起きたら、私も大差ない気がする。

 朝起きたら男になっていたとか、他人事ならそんな体験も楽しい気もするけど、自分の身に起きたらそれどころじゃない。

 それはわかる…。特に今日のカオル見てれば…。

 

 それで…。

 幸い明日から土日で休みだけど、週明けからまた仕事。

 それはわかるわね?」


「勿論…」


「色々聞きたいけれど、あなたの世界ではどんな仕事していたの?

 職場はどんな感じになってるの?」


これは話さなければと思ってたことだから、村上から聞いてくれたのは助かる…。


「昨日までは近藤の隣でシステム開発の仕事していたよ。

 今は知らない人が座ってるけど…。

 そして、村上さんは同期の女子で今と同じ席で同じ仕事していて、その隣に栗田さんって女子が同じ仕事していたよ。

 多分、今日やった仕事だと思うんだけど…。

 他にも、部署のヘルプデスクもやってた。だから業務の仕事もわかったんだけど…」


「近藤君の隣というと、沢木君ね。つまり、沢木君の代わりに男のカオルが居て、女のカオルの代わりに栗田さんが居ると…。

 栗田さんは一期下の子の事かな、別の部署に同じ名前の子が居るけど」


「多分…、そうかな?

 おかっぱの子だよ」

 

「確かに、おかっぱの子だった。

 じゃあ、あなたの世界では女のカオルの代わりに栗田さんが私の隣で仕事をしてると。

 でも、ヘルプデスクしてるのは沢木君ではなくて、カオルだよ。つまり女のカオルだけど…」

 

「え?そうなの?」


「ええ、カオルは元々システム開発志望だったの。学校もそういう勉強してたって話してたよ。

 だけど、会社としては以前から居た人が退職する事もあって、その年業務に二人の女子を入れたかった様なのだけど、一人はシステムに明るい子が欲しかったみたいなの。

 

 システム開発の方は性別はどちらでも良かったみたいだけど、業務の方が女子が必要だったのもあってカオルは業務に配属になったの。

 

 もしかしたら、強く希望していたらシステムの方に配属になったのかもしれないけど、カオルってあまり強く自己主張するタイプの子じゃないから…」

 

俺と同じプチコミュ障と…。そういう訳か…。


「そ、そうなんだ…」


「それで、システムに明るい子って事でカオルも私と同じ業務に配属になって、業務の仕事の傍らヘルプデスクの仕事も兼務する様になったの」


「なるほど…」


「村上さんが業務に配属された年は、部署に配属されたのは村上さんだけで、退職する予定だった人がパートで継続して一年働いてたよ。

 その翌年、栗田さんが来てその人はパート辞めたと思う」

 

「宮坂さんだね。

 その人は一月くらいパートで入って私たちに引継ぎをしてくれたよ」

 

「という事は、今近藤の隣にいる沢木さんもどこかに居るのかもね。

 あまり、他部署の事知らないからわからないけど…」


「そうなるわね。もしかしたらうち落ちて別の会社に居るかも知れないけど…」


そういうと村上が笑う。


「え?

 沢木さんってどんな感じの人なの?」

 

「沢木君はね、まあお調子者で楽しい人かな。

 でも、仕事だと近藤君の世話になりっぱなしで、雑用係みたいになってるわね。

 近藤君、折衝から開発まで全部一人でやってるんじゃないかって位頑張ってる。

 はたからはそんな感じに見えるけど…、実際はどうなのかしら。

 近藤君って、あんまり人の事とか仕事の事とか言わない人だから。

 

 彼って、良い人だよね。

 女だったら惚れそう…、な感じなんだけどね。イケメンだし」

 

村上って女じゃんよ。


「うん。近藤は良い奴だよ。イケメンだし女子に人気があるし。

 モテそうなんだけど、彼女の話聞いたことないんだ。

 村上さんはどうなの?」


「うふふ。

 私はダメ。良い人だと思うけど、彼は隙が無さ過ぎて、私が必要だと思えないの。

 私って結構世話焼きタイプな所があるからさ…。

 ちなみに、沢木君みたいなタイプも苦手」

 

村上ってやっぱり世話焼きの自覚あるんだ。

それに、近藤に彼女が居ないのってそういう事なのかな?

あんまり遊びで付き合うタイプでもないしなあ、奴は。


「そういえば、カオルも彼氏とかの話聞かなかったわね…

 男のカオル君は彼女いたの?」


いきなり何を話し出すのかと思ったら…。

女の俺も彼氏無しか…。


「そ、そんな人居ないよ…」


「あは、そうなんだ。

 私、カオルが男だったら、好きになってたかもよ?

 確かに、自己主張出来ないタイプだけど、仕事はしっかり出来て頼れるし。

 女のカオルは頼れる子なのよ。

 でも、色々足りないところもあるから、世話も焼けるし。

 カオルが男だったらずっと世話焼いてるかもね。ウフフ」


はは、そうだよ。村上はお節介焼きだよ。

だけど、俺の事が好きとかあり得ないだろう。


「男の俺はそんなにカッコよくないよ。

 まあ、仕事は頑張ってると思うけど。

 近藤が客との折衝とか説明やって、俺が開発頑張って。

 役割分担もちゃんと出来てるし…」


思えば、俺は近藤に世話焼かれてばっかりじゃん…。

頼れる男に頼りっぱなしで、色々残念な俺を良くフォローしてくれてる…。


「そうかなあ…。

 だって、カオルって普通に可愛いと思うよ。

 そんなカオルが男になったら、多分普通だと思うんだけどな…。

 それに、そんなにイケメンじゃなくても。私は良いし」


この前の近藤と同じ事話してて、凄いデジャブー感じる。


「って、私なに一生懸命話してるんだろ。アハハ。

 今の中身は兎も角、カオルは女だし、私も彼氏欲しいなあ」


「アハハ…」


俺も彼女欲しいよ。

って、今考える事でもないし…。何より身体が違う…。


「あ、ごめんごめん。こんな話するつもりなかったよ。

 カオルって話しやすいからつい。

 そういえば…。

 話ついでだけど、男のカオルの世界の私ってどんな感じなの?」


「え?

 いや、今と変わらないよ…。

 お世話好きだし、同期入社の頃からずっと話しかけてくるし。

 配属されてからは、あんまりちゃんと話は出来てないけど。

 昨日の飲み会で近藤が村上さんが俺の事好きだっていうんだけど、あり得ないよね」


「…そうなんだ。

 でも、それあり得ると思うよ。私だもの。

 普通、幾ら同期だって言っても好きでもない相手にそんなに話しかけたりしないよ?」


「そうかなあ?

 うーん、異性は特に話すのちょっと苦手で…。

 近藤とは良く話すからそんな話もするけど…」


「うーん、でもカオル、今は私と以前と同じではないけど、普通に話せてない?」


…言われてみれば…。同性になったから?


「ソ、ソウダネ…」


「意識しちゃうとダメか…」


「アハハ…」


村上はふと気が付いたのか時計を見る。


「あ、もうこんな時間。

 今日は元々カオルの家泊まるつもりで来たから。

 

 ほら、一緒にお風呂入るわよ」

 

「え…?でも…。

 中身、男だよ?」


「ふふっ。いいわよ別に。

 現実に、今カオルは女だし。

 女同士で恥ずかしがることも無いよ。

 いやらしい目で見ても構わないわよ。アハハ」


村上はあっけらかんと笑う。

いやまあ、現実問題いやらしい目で見る心の余裕も無いんだけどさ…。

実際、更衣室でもピクリとも来なかったし…。


「それに、未だに信じがたい話ではあるけど、今は中身男なんでしょ?

 いつ元に戻るのか、もう戻らないのかわからないけれど。

 カオルにちゃんとしてほしいから。

 どうせ、お風呂の入り方もわからないんでしょ?」

 

「ハイ、トホウニクレテマス…」


「うん、だから今日明日でちゃんと教えてあげるから。

 月曜日には元のカオルと同じ様にしてちゃんと出社してね」


「ありがとう…」


「じゃあ、お風呂行くわよ」



主人公もいまだ半信半疑ですが、現状を受け入れるしかない状態です。


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