第六話 告白
いよいよ村上に顛末を話します。
~ 20:30 自室 ~
「さて、カオル」
「はい…」
「話してくれるわね?」
村上の有無を言わせない視線が俺を見据える。
俺は緊張のあまり思わず生唾を飲み込んだ…。
何から話そうか…。
今の状態というのをどう説明しよう。
そもそも、中の人が男の俺だって明かすべきなの?
正直、悪いジョークか俺の頭がおかしくなったとしか思われない気がする…。
例えば、記憶喪失だと言っても女として暮らしてきた部分だけ都合よく記憶を失ったとしたなら、そもそも日常生活すら困難のはず…。
この世界の女の俺は女として生きてきたのだから、都合よく男の記憶がそれを補完するなんてそれこそありえない。
俺は、今現在女であり女としてこれからどの位居なければならないのかわからない。あるいはこのまま戻らない可能性だってある。
もしかしたら明日目覚めたら男に戻っているかも知れないけど、それを期待してこの場を終えて戻ってなかったらやはり途方に暮れる…。
そもそも、俺は今日散々ダメ出しされたわけで、それも表に見える部分だけで。
きっと、知らないとまずい事というのがまだまだありそうな気がする。
女性固有のお約束というか、そういうのが。
やはりありのままに話してみて村上がどう考えるか、話はそれからか…。
二十五歳の今まで女として生きて来た女なんだから、女としてどう暮らして良いのかわからないなんて事教えてもらうには、何らかの理由で今中身が男になっているというのを納得してもらうしかない。
そうじゃないと、それこそお風呂の入り方がわかりませんなんて…。
この歳で言えるわけがない…。
男の場合は特にそういうお約束的なものは無かった気がするから、何とかなるかもしれないけど。女は保健体育の時間に女子だけ集められて特別な授業がある位だから、独特の何かがある事くらい、異性に縁のない俺だって分かるよ。
俺が色々考えて沈黙しているのを見て村上が声を掛けてくる。
「絶対何かあったはずだよ。
そう確信できるほど、今日のカオルはちょっと無かった。
悪いとは思ったけど、先に部屋の中と洗面所やお風呂場見せてもらったわ。
ざっと見た感じ気になる物は無かった。
でも、シャンプー置かれている所だけ、他は綺麗に並べてあったのに不揃いだったのがちょっと気になった。
朝、頭洗う時余程慌ててたのね。
だとしても、そんなに無造作にはしないはず。
もし、乾かす時間が無かったなら、会社に遅れますって電話するよね。普通。
そんなに無造作に乾かしてボサボサになってる髪で、スッピンのままで外になんて恥ずかしくて出られないのに、会社まで来てた。
みんな驚いてたの気にならなかった?」
流石村上、よく見てる…。これが女というものか…。
皆が俺の事じろじろ見てたのはそういう事か…。はぁ。言われてみたら何とも恥ずかしい。
寝ぐせのまま外うろうろしていたような物か…。
思い出せば、朝お隣さんが驚いてたのも下着姿で外出てたからだろうし…。
正直スマンかった女の俺…。
もう、ほんと申し開きのしようもないよ。
「ジロジロみられてた…」
「だよね。
一度さ、落ち着いてゆっくり鏡見てごらんよ」
そう言って、部屋の片隅から鏡を取って俺の前に置く。
この鏡は俺の部屋には無かった物だ。
その鏡に映ってる俺は、まあ女の俺なんだけど、よく見たら確かに。
スッピンとナチュラルメイクって明らかに違うんだという事が間近で見ればわかる。
そして、髪の毛が目の前の村上と比べると明らかに違う。
起きた時、そのまま寝ちゃってたとしても、多分髪はちゃんとしてあったんだと思う。
だけど、男の短い髪の毛の感覚で時間優先で無造作に洗って乾かしたからかボサボサだ…。
「酷いね…」
「そう。
昨日まではちゃんとしてたでしょ。
この変化をみて、なにも無かったって言ったら、本当に怒るよ。
何があったのか話して。
どんな話だったとしても相談に乗るし、誰にも話すなって言うなら話さないから」
うう、村上って優しいな…。
世話焼き女って避けててゴメンよ…。
って、あれは男の俺の世界の村上か。
でも、実際女の俺にとっては村上は大事な親しい同僚で、今日散々迷惑を掛けた。
このままだと、また会社で迷惑を掛ける…。
話そう。ありのままを。
でも、女だったらどんな人生を歩んでたか妄想したみたいな話はやめとこう。
そこまではさすがに話すべきじゃない気がする…。
実際にあった事だけを話そう…。
「話すよ…」
村上が真剣な眼差しで頷く。
「ありのままに話すよ。
昨日は飲み会の後電車に乗ってまっすぐ家に帰ったよ。
特に何もなかったと思うし、誰とも会わなかったと思う。
ただ、帰ってから物凄く眠くて、服だけ脱いでそのまま寝てしまったの」
「飲み会の後だったから、お酒が回って眠かったのかも知れないわね。
戸締りとかちゃんとしてた?」
「それは勿論。
朝、鍵か掛かってたよ」
「そう。
それで?」
「それで、どうしてこうなったのか自分でもわからないし、信じがたいのだけど…」
「どうなったって言うの?」
村上は要領を得ない俺の話し方にイラっと来たのか言葉に少し怒気が感じられ、ねめつける様な視線でジト見する。
親身に話聞いてるのに、こんな要領を得ない話し方を聞かされたら俺だってイラってくるよ…。正直俺が情けない。
「真剣に話すから、真剣に聞いてほしいんだけど…」
「真剣に聞いてるよ」
「朝起きたら女になっていたんだ…」
「ちょっと、真剣に話聞いてって言っといて、自分はふざけてるの?
カオル、あなたは女でしょうに、昨日も女だったし、今朝も女でしょっ」
俺の言葉をふざけていると取った村上がついに怒り出した。
ああ、村上をこんなに怒らせるなんて、俺はそんな気はさらさらないのに…。
もう、正直スマンとしか言いようがないよ…。
ところが、村上は何かに気が付いたのか怒気をスッと引っ込めて冷静な表情になる。
そして、何かが腑に落ちたのか恐る恐る聞いてきた。
「まさか、あなた昨日まで男だったって言いたいの?」
「ハイ…。ソノマサカデス…」
腰を半分浮かせて身を乗り出していた村上は、力なく腰を落とすと天を仰いだ。
村上に男だったって告白しました。
キリが良かったので告白したところでいったん切ります。




