第二話 女の世界での初出勤
とにかく出社した主人公ですが色々と問題があったようです。
~ 9AM オフィス ~
オフィスの扉を開けると、正面の壁に掛かっている時計は九時ジャスト。
始業九時だから九時に入るのは社会人としてはダメだがギリ遅刻ではない。
たまにこの時間に駆け込む人は居るが、俺はこんな時間に駆け込んだことは初めてじゃないだろうか。
肩で息をしながらオフィスを見回すと、いつものメンバーが揃っている。
俺が勢い込んで入って来たのに驚いたのか、みな呆気に取られた表情を浮かべている。
息を整えながら、自分の席に座ろうと俺の席がある左側の島を見ると近藤がポカンとした表情でこちらを見ていて、その隣の俺の席に知らない男が同じくポカンとした表情で俺を見ていた。
なんだ?どういうことだ?
どうして俺の席に知らない奴が据わってる?
それに、いつもならすぐに平常運転に戻るはずなのに、なんで俺をみんな見てるの?
呆気に取られていた上司の高宮さんが我に返ると、席から立ち上がり心配そうな表情を浮かべる。
あれ?俺何かとんでもない恰好で来たか?
「川瀬君、君が来ないから心配していたんだが、もしかしてあの後何かあったのかい?」
高宮さんが心配そうな表情で気遣いの声をけてくれる。
でも、いつもならこんな風な話し方はしないぞ?
俺はてんぱり過ぎて何かものすごく重要な事を忘れているんだろうか?
「え?
いや、大丈夫です。
遅くなってすみません」
ところが、高宮さんは更に心配そうな表情を浮かべる。
え?え?
いや、どういうことなの?
単に遅れてきただけなんだけど、なんでこんなに心配されるの?
俺は当惑してしまう。
とにかく席について気持ちを落ち着けようにも、俺の席には知らないやつが据わってるし、どうなってるんだよこれは!
俺の様子をみて、お節介女の村上貴子が駆け寄ってくる。
「カオル、本当に大丈夫なの?」
というと、俺に顔を近づけてくる。
ちょ、近い、近いって。
俺はあわてて距離を取ろうとすると、腕を掴まれた。
「課長、ちょっと席を外します」
「お、おう。
すまないが、川瀬君を頼むよ」
ちなみに、課長というのは高宮さんだ。高宮課長。
俺はそのまま村上に引っ張られてこれまで入ったことのない部屋に連れ込まれる。
てか、俺こんな部屋に連れ込んでどうするつもりなんだ?
つまり、女子更衣室なんだが…。
更衣室の真ん中にある長椅子に座らされると、村上も隣に座ってくる。
「昨日、みんなと別れてから、何があったか話してみ。
お姉さんが相談に乗るから。ね?」
心配そうな表情の村上に高宮さんがさっき聞いてきた内容と同じことを聞かれるが、別に本当に何にもないよ?疲れて寝ただけだし。
「え?
い、いや、何って…。帰って寝ただけだけど…」
「カオル、怒るわよ。
何も無かったわけないでしょ!
ショックで話せないならごめんだけど、話した方が楽になるから。
ね?」
え、でも普通に寝ただけだし…。
でも、てんぱり過ぎてて何か大事な事忘れてる気もする。
「で、でも本当に何にもなかったし…」
村上はちょっと腹を立てたのか語気を荒げる。
「なら、どうしてこんな格好して会社に来てるのさ。
これまで遅れてきたことなんて一度もなかったのに、どうしてギリギリに駆け込んできたの?
何も無かったらそんな風にならないでしょうが!」
俺はこれまで村上のこんな表情見たことなかった。
節介焼きだけど、いつも明るい感じで怒ったの見たことないし…。
もうどう答えていいのかわからなくて頭がぐちゃぐちゃだった。
「そ、そんなこと言われても…。
そんなに変な恰好?」
村上が俺の言葉にあんぐりという表情を浮かべる。
「ほんと、どうしちゃったのさ。
帰りに誰かに何かされて色んな記憶がすっぽり抜けてしまったの?
そうでもないと、いつも真面目できっちりしてるカオルがこんな格好で来るなんて考えられないよ…」
誰かに何かって…。
俺が?
誰かに絡まれた記憶はないが…。あれ?本当に何もなかったのか?
自分の記憶が疑わしく思えてきた。
「いま、どんな格好してる?」
途端、いまの恰好が不安になってきた。
てんぱってたし、大慌てで来たし。
変な恰好してても不思議は…。
村上は一瞬呆れた表情を浮かべるがすぐに心配そうな表情になる。
そして、小さくため息をつく、
「そうね。
一つ一つ話してあげたら気持ちの整理になるかもしれないわね。
まず、どうして今日はスッピンなの?
カオルはナチュラルメイクだけど、毎日ちゃんとお化粧して来てたよね。
それに、その髪どうしたの?
いつもよく手入れされた綺麗な艶々した髪だったのに、今日は無造作すぎるよ。
シャンプーはしてるみたいだけど、コンディショナーもなにもしてないでしょ。
乾かすのも無造作に乾かして、今時男性でももっと気を遣うよ?
せっかく大事にしてた髪台無しになっちゃうでしょ」
そうなの?
慌てて朝シャワー浴びてきたからか。
でも、俺そんなに髪大事にしてたっけ…。
近藤とかもっと気を使ってるのかな。
俺が言葉に詰まってるのをみて、村上が立ち上がって俺の上着を脱がしにかかる。
「ちょっ、何するの」
「何って、着替えなきゃだめでしょうが」
え?何言ってるの?
男は着替えないんだけど…。
こんなことされた事もなかったからおろおろしていたら村上にあっさり脱がされてしまう。
そして、村上が手に持った女物の上着を見て俺は忘れてた大事な事を思い出した。
そうだった…、おれ今女になってるんだった…。
これで、タクシーのドライバーがちらちら見てたのとか、高宮さんや村上が話したことが全てつながった…。
そうだわ、確かに。俺、男だもん。昨日までとは中の人違うんだから、同じようになんて出来てるわけがない。
村上が上着のポケットから鍵を取り出すとロッカーを開けて、上着をハンガーに掛ける。
そして、俺の事を更に見回して驚いた表情を浮かべる。
「ちょっと、カオル。あなたブラ着けてないじゃないの。
なんでこんな格好で来たの?
痛くなってない?」
俺は村上の言葉でさっきからヒリヒリしてるところを認識した。
タクシーおりて走ってから乳首が擦れてヒリヒリしていたのだ。
そういえば今更ながら普段より胸が暴れていたような気がする…。
「ヒリヒリする…」
「やっぱり。
ギリギリに来たから走って来たんでしょ。
本当、今日どうしちゃったの?
何年女やってるの…。普通、気にするよね?
ちょっと、どうなってるか見てあげるから見せてみ」
そういうと、ブラウスとTシャツを脱がせに掛かる。
「え?
いいよそんなの…。
恥ずかしいし」
「女同士で何恥ずかしがってるの。
それに、もう何度もお互いに裸見てるでしょうが」
え?村上と女の俺ってそういう仲なの?
「この前も、社員旅行の温泉、一緒に入ったでしょ」
あ、そういう事か…。
俺の抵抗が弱まると、あっさりと脱がされてしまう。
でも、なんだか同僚の女子を前にして上半身裸は恥ずかしい…。
「やっぱり。
ここ、赤くなってるよ。
気を付けないと、擦りむけることだってあるんだから。
ほんと、しっかりしてよ」
そういうと、村上は自分のポーチを取り出すと中から軟膏と絆創膏を取り出す。
そして、乳首に軟膏を塗りつけて絆創膏をぺたりと張ってくれた。
ノーブラに乳首絆創膏って、エロ過ぎだろう。
とか、頭を過るが、やはりピクリとも来ない…。
俺って…、もしかして役立たずになってしまった?
ここまで考えたことで、ハッと気が付く。
そうだった、ピクリと来るも何も、ピクリと来るモノが存在しないよ俺…。
そこに思い至るとガックリと来た。
でも、村上って優しいなあ…。
「ありがとう…」
「どういたしまして。
本当、しっかりしてよね。
後は…。ストッキングも履いてない。
スーツ着て生足とか、あり得ないよ…」
そういうと、上着を掛けたロッカーを覗き込む。
「確か、カオルの予備のストッキングがこの辺に…。
あった」
そういうと、新品のストッキングの袋を出してきて渡してくる。
「ほら、これ履いて」
俺があたふたとストッキングを履こうとすると、注意される。
「ちょっと、そのままじゃ履けないでしょ。
それに着替えるのに、なんでスカート脱がないの。
もう、世話が焼ける。
本当に、どうしちゃったのさ」
村上はあきれ顔でスカートを脱がせると、ロッカーに掛けて、俺を座らせるとストッキングを履かせてくれる。
ストッキングってこんな風にはくのか…。
俺がいつもの調子で適当に履いたりすると電線したりするのかもしれないな…。
本当、女って色々面倒だ…。はぁ…。
村上はストッキングを履かせ終わると、ロッカーから制服を取り出して着せてくれる。
「これで良し。
そろそろ職場戻らないとだけど、仕事大丈夫なの?」
仕事って…、女の俺はどんな仕事してるんだ。
俺が途方に暮れていると、村上にため息をつかれる。
「今日のカオルは本当、全然ダメだね。
こんなカオルを見ることになるとは思わなかったわよ。
これは相当に重症ね。
今日は、私が仕事のサポートしてあげるから。
仕事終わってから、ちゃんと話聞いてあげるから、それまで頑張りな。
ね。」
そういうと、手をぎゅっと握ってくれて、ニッとほほ笑む。
その笑顔に俺はドキッと来るが、今は女だ今は女だと言い聞かせて心を落ち着ける。
「あ、ありがとう」
「はい。
じゃあ戻るわよ」
世話焼きの村上貴子に色々と助けてもらいます。
持つものは友ですね。




