架空のクラスメイト
ずっと忘れてた。
お母さんがいなくなった場所――。
「うぅ………」
床に伏せていた頭を持ち上げ、おぼろげな視界のなか辺りを見回す。
お堂の中のようだが、神仏を祀る仏像や神棚はなく広い空間に自分は倒れていた。
「目が覚めたかよ」
背後から声をかけられた。
不機嫌な声音を発した人物に向けて振り返った。
「い、伊藤…?」
「アホ面でこっちを見んな」
慌てて床に顔を向け、恐る恐る聞く。
「どうして、ここに?」
「答えるとでも?……まぁ、いいや。やっと解放されるから、答えてやる」
どうやら、伊藤は気分がいいらしい。
「お前を見張るよう命じられた。…たく、ここに入った以上、逃げるなんてできねぇのにさ」
「ここって神社の中ではないよね?」
小学生の頃、神社の敷地内で遊んだことを記憶の中から引っ張り出す。
そんな大きな神社ではなかったはずだ。
そもそも建物の形状自体が違うのだ。
辺りを見回した時、天井は丸く奥行きがあった。
「神社の中だよ、鳥居を潜ってこっちに通ってきただろ」
ここは神社の中だと伊藤は言う。
「お前は『アレ』に目をつけられた」
伊藤のいう『アレ』とは、僕を追いかけて大きい黒い蜘蛛のことだろうか?
でも、あの蜘蛛は実在しているヤツではないだろう。
だとしたら、伊藤も自分と同じく視える人となる。
「伊藤も、視えるの?」
「……視える?」
少し間があけてから伊藤は聞き返した。
「あの黒い蜘蛛。伊藤にも視え……」
ダンッ――。
伊藤は床を強く踏み叩いたのだ。
驚き、顔を反射的にあげる。
憎らしげに伊藤は僕を見ていた。
「視えるの?、じゃねぇんだよ。お前のせいで俺は『アレ』に縛られているのに、何のうのうと生きているんだ?」
お前のせいだ、と言われても心当たりはなかった。
伊藤とは高校で同じクラスになってから特に接点はなく、陰口を叩かれたり、嫌がらせもされず過ごせたていたんだ。本当に突然だった。
「お前って昔から気味悪かったよ。お前の母親が消えた時も『化け物』を視たなんていってさ」
はぁ、とため息を付いた後、伊藤は言った。
また「あっ、石をぶつけられた傷は今でも残っているのか」も思い出したかのように付け加えた。
不思議に思う。
高校に入学してから伊藤を知り合ったのに彼の口ぶりからでは、以前から僕たちは知り合いであったと言っているみたいだ。
変な顔をしていたのだろう。
伊藤に指摘された僕は八年前…小学二年生の時、同級生たちにそれについて話したことを知っていたのかと聞いた。
「あの時、あの中に君はいなかったはずだ。どうして、そのことを知っている?」
伊藤の顔をじっと見つめ、同級生たちの顔を思い出し、面影を照らし合わせようとした。
だが、八年前の記憶で顔を俯いてばかりいた自分はまともに人の顔を思い出せるはずもなく。
「それに君とは高校で……」
君とは高校で初めて会ったと言いかけ、次の句を継げなくなった。
入学式の次の日、同じクラスに『伊藤』という人物はいなかったことに気付いてしまったのだ。
また、入学してからの二ヶ月の間、僕のクラスに転校してきた人もいない。
急にクラスの一人として融け込んでいた生徒。
本当は存在していないクラスメイト。
そんなことをできるモノを昔から知っている。
「君はあちら側の……?」
唾を飲み込み聞けば、伊藤は冷たい目で僕を見下ろした。