おぼえがなくても縁はある
――…を…ダ……えせ!
――カラダを返せ!!
憎しみが込められた声が響き、僕はベッドの上を跳ね起きる。
汗が借りたTシャツを湿らせ、嫌に肌に引っ付いていた。
「ふぅ……」
喉の奥で溜まった息を吐き出すようにため息をついた。
悪夢というものはどうして息を止めようとするのか。呼吸しづらくなった首を擦る。
「ん…起きたのか?」
「うん、ちょっと目が覚めた」
ベッドのすぐ横。下の方から声をかけられた。
カーテンの隙間から薄く朝日が差し込んでいる。目覚まし時計を見ればもうすぐ六時に変わろうとしていた。
「もう少し寝る?」
「もう起きる。シン兄ちゃんはまだ寝てていいよ」
「いや、俺も起きるよ」
モゾモゾと布団から起き上がり、シン兄ちゃんは頭を掻いている。
部屋の持ち主がベッドではなく布団で寝ていることにだんだんと違和感がなくなってきている。
ここはシン兄ちゃんの部屋だ。
週に何回かは僕は泊まりに来ている。
泊まる頻度が多いなかシン兄ちゃんのお母さん……おばさんは嫌な顔ひとつせず、むしろ喜んで僕を歓迎してくれる。
あの感情がない母とも仲良くしてくれた人だし、シン兄ちゃんと同じで良い人だ。
(…といっても、昨日からおばさんは友人らと温泉旅行に行っているんだけどね)
入れ違いでお邪魔している僕を知っているのだろうか?
そうシン兄ちゃんに聞いたところにっこりと笑みで返されただけだった。
「え……っと、どういうこと?」
僕は首を傾げた。
質問してきた相手に質問で返す。
「『ウラマチ』に神代が入っていくのを見たっていう人がいるんだよ」
はぐらかされたと思ったのだろう改めて「で、行ったの?」と聞かれ、首を横に振る。
「行っていない」
そもそも治安が悪いため校則でウラマチに行くのは禁止されているし、禁止されてなくても用はないので立ち寄ったりしてない。
(あそこってラブホしかないじゃん……)
目の前にいる人らは、遠回しにそういう場所に行ったのか?と聞いてるのだ。
面白半分でウワサの真偽を聞きにきたヤジウマってヤツだ。
好奇心でわざわざ喋ったことがない相手に聞くという勇気は、ある意味すごいと思うが。
(ニヤニヤしてる……)
教室に入ろうとした廊下でちょっと道を尋ねるかのように聞いてきた人らの顔に不快感を募らせていると。
「行ってないのは本当だ」
後ろから声がする。
「俺と一緒にいたからな」
振り返ればシン兄ちゃんが僕の肩に触れ、寄り添うように立っていた。
教室まで迎えにきてくれたようだ。
他に何か訊きたいことがある?という風に「ん?」とシン兄ちゃんは首を傾ける。
これ以上、僕達に何も追及せずヤジウマな生徒は去っていった。
「昔からヒカルは変なのに絡まれやすいから気を付けなよ」
「うん。助かったよ」
あのまま話していたら曖昧になっていた。
曖昧のまま面白い方をみんなは信じ、もっと良からぬウワサが広がっていただろう。
小学生の時は嘘つきから泥棒になっていたっけ。周りから指差されるたびにシン兄ちゃんは否定してくれたなぁ。
「今日は姫川さん、待ってるんじゃないかな」
ぼんやり小学生の頃を思い出してた僕にシン兄ちゃんの言葉で現実に引き戻された。
そうだった。自分の鞄を取ると教室を後にした。
だけど、いつも待っている場所に姫川はいなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
自分には関係ないと思ってたものほど時間差でやってきたりしますよね。




