ユメを持つ人
「何か悩んでいるんですか?」
姫川は俯く僕の顔を覗き込み小声で聞いてきた。
「いや、何でもないよ」と僕も小声で返事をする。
今、僕たちは図書館にいた。
図書館内にある勉強スペースで姫川の勉強をみている。
来年、僕が通う高校に行きたいんだそうだ。
それで勉強をみてほしいと頼まれた。
(シン兄ちゃんの方が頭いいよって言ったけど僕に勉強みてほしいとか……変わってる)
「なんで分かったの?」
「う~ん。クセが出てましたからね」
「クセ?」
「それです」と姫川は僕の右手を見つめる。毛先を触る手を下ろした。
悩んでいるというか、戸惑っているというか。
最近、スバルに避けられてる気がするのだ。いや、勘違いかもしれないけど。
話しかければ無視はされないし、挨拶も普通に返してくれるが。
あやかし関連で声をかけられることが減り、授業が終わればさっさとスバルは帰っていくのだ。
「仲良かった人が急に離れていく時ってどんな時だと思う?」
気付かないうちに嫌われることをしたのだろうか。それとも、仲良くしているフリだったのか。
だとしたら、もう自分から関わらず離れた方がいいのかもしれない。
「そうですねぇ」と姫川は言いながらはっきりと「分かりません!」と答えた。
「相手に直接訊くのが一番です。気持ちは読めませんから」
それに、と続ける。
「自分で出した答えって自分の中でしかない回答なんです。思い違いでこじれてしまった人達を何度も見てきて思いました」
姫川は視線を落とした。
悲しいことを思い出したのかもしれない。
(直接……直接かぁ……)
避けられている相手にどう訊けばいいんだろうか?
そもそも避けられているのに声をかけてもいいのだろうか。スバルに訊くの……気まずいし、難しくないか?
「ところでヒカルさんを困らせているのは誰なんですか?」
「へ?」
「どこのどいつですか? 優しいヒカルさんを困らせるなんてきっとあっちがおかしいんですよ」
姫川さん、少し口調が悪くなってる。
押しに弱い僕はスバルの名前を口にすると姫川は深く溜め息をついた。
「アイツですか。なおさら、ヒカルさんのせいじゃないですよ」
姫川はうんうんと頷きながら言った。
スバルは姫川に何をしたんだ。すごく嫌われているようだが?
「物心つく前? 三歳くらいだったかしら」
昔、呼ばれていた名前で呼んでと言われたので言い直しつつ、前世の記憶はいつからあるのかと尋ねてみた。
『カイコの樹』の件で姫川は前世の記憶と『チカラ』があると依頼の内容と共に打ち明けてくれたが、その後詳しくは聞かなかった。
前世の記憶について特に聞く必要性はなかったし、あまり好奇心がわかなかったというのも聞かなかった理由だ。
だけど、ふとこうして二人で会話をしているわけだし聞きたくなったのだ。
(槐という人のこと知ってるみたいだし)
今までみた(みせられた)夢の中で僕はその槐となり、月読とシン……シン兄ちゃんとそっくりな人に会っている。
姫川は槐を知っている人なのだ。
僕は夢でみたほんの一部しか彼女のことを知らない。
好奇心だ。似てる、思い出して、といわれた人についての。
「僕のこと……槐って呼んでたけど会ったことがあるの?」
例えば前世、で。
尋ねてみれば姫川は淀みなく「ある」と肯定した。
「どういう人だった?」
「お姉様みたいな……大切な親友でしたわ」
姫川は目蓋を閉じた。
もう戻れない。遠い昔を目蓋の裏に映しているのだろう。
「とても強く、だけど脆い人でした。彼女自身も気付かないくらいに」
「僕はその人と似ているのか?」
「はい。とても。優しいところだって似ています。どんな人…いいえ、人以外にも手を差しのべていました」
魂が同じです。
姫川は僕を見てそう付け加えた。
「僕の中にはその別なやつも入っているけど同じ魂に視えるの?」
「同じ器に入ったとして魂は混ざりません。どんな小さく一部の欠片であろうともあたしの知ってる。悠久の友なのですよ」
鬼が僕の中に居ようとも姫川は昔からの友達だと言った。
あの鬼も槐の記憶を僕にみせ、思い出せようとしていた。
どれだけ槐は好かれていたのだろう。
好かれない僕と真逆の人だ。
僕ではなく槐がここにいれば良かったのに。
「そう聞くとやっぱり自分は槐じゃないよ」
「記憶がないからそう感じるだけですよ。自分も記憶がなければ月読だなんて思いませんよ」
「何も覚えてなくてごめんね」と言った僕に姫川は「無理して思い出さなくていい」と言った。
ここまで【光夜叉】をお読みいただき、ありがとうございます!
記憶が二重にあると脳がパンクしそうだなぁと思いつつ、書いてます。




