閑話。思い出5
落ちた先で視たものは、もう一人の自分の悲しい夢だった。
<思い出す必要はなかったものだ>
真っ暗な空間にぼんやりと立っていた俺は振り返り、声の主を探した。
頭上を見上げれば白い影がだんだんと近付き、はっきりと俺の前に姿を現す。
――大きくて立派な青い龍だった。
<お前は私とは違うのだからな>
先ほどまでみた夢は私の過去だ、と龍は話す。
『シン』という男の記憶に飲まれるな、自分を見失うな、と真っ直ぐ見つめられた俺は気圧されつつもコクリと頷いた。
あの夢をみて確かに俺は持っていかれそうになった。
自分が別のものに書き換えられる感覚がした。
でも、死にたくないという気持ちの方が勝ち、消えなかった。俺の意識は残ったのだ。
「俺は死んだのですか?」
青い龍は目を伏せた。
<いや……まだ戻れるところにいる。たが、今戻っても殺されるだけだろう>
「俺はヒカルに…友達に殺されたのですか?」
<鬼だよ。お前もみたあの鬼だ>
水の中に沈めた者を思い出す。
俺を殺そうとしたのはヒカルの身体に封印
されている鬼とのことだった。
夢でみた鬼と姿が重なる。アレがヒカルの中にいるのかと思うと震えた。
「あんなのが中に居て、ヒカルは無事なのか……?」
<無事ではないだろうな。いずれは命は喰われあの子供の魂は消えて無くなるだろう>
「ヒカルは死んでしまうってことですか!?」
<死よりも惨い。輪廻の環に戻れぬからな>
魂は、川のように巡るのだそうだ。
新しい命となり、この世に生まれ直し、魂となって還っていく。
魂が消えば存在が消失したのも同じで、転生すらない完全なる『死』を迎えてしまうとのことだった。
<せっかく転生できたアイツも報われない>
「……どうすれば助けられますか?」
自分もヒカルも、あの鬼からどうすれば助かるのか尋ねた。
「ヒカルを守りたいです」
暫く龍は目を閉じ、分かったと静かに言った。
<ならば私の『チカラ』を貸そう。あの鬼を退けられるはずだ。
また、これはお前の命の代わりだ。失くすではないぞ>
龍から手渡されたのは、自分の身長よりも優に越えた大剣と手のひら程のも大きい銀の手鏡だった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「運命を信じてる? 必ず廻り会うってやつ。ボクは信じてるよ。信じないとやってらんないから。
……………て、聞いてる? 聞いてないか。あっさり死んじゃったもんね」
水の中で横たわる俺を見ながら言った。
まるで友人と雑談するかのように。
「つまらないの」
せっかく見知った顔に会えたのに、と冷めた表情をさせ、鬼はその場から立ち去ろうとした。
「待て」と腕を掴む。
――ヒカルを連れてゆくな……!
「アハ! そうこなくちゃ」
強く腕を掴んだまま睨み付ける俺を見て鬼は愉しげに笑った。
「君、まだ生きてたんだね。動かなくなったから死んじゃったと思ったよ」
ああ、死んださ。
死に切れなくて戻ってきた。
自分は強者だとヘラヘラと嘲笑う鬼は油断しきっている。
「このまま死んだフリしてれば良かったのにね」
俺の頭を掴み、再び水に沈めようとした鬼に片手に隠し持っていた鏡を翳した。
龍から貰った手鏡だ。
「ヒカルを返せ!」
鬼は手鏡の効果を知っている。
だからこそ、大きく眼を開かせ、鏡に映る自分を覗き込んでしまった。
鏡には、あらゆる事柄を『反転』にさせることができる。
本質を真逆にする効果があり、鏡に映った者には真実が映し出すチカラがあった。
「ッ……!」
鬼の身体はぐらりと蹌踉めく。
一瞬だけ天を見上げた鬼はガクンと一気に頭を下げた。
下を向いたまま動かなくなった鬼に近寄ると顔を覗く。
(ヒカルだ。ヒカルに戻ってる)
気を失っているヒカルの顔を確認する。
毒気のない。あどけない表情に戻っている。
「……よかったぁ」
思わずぎゅっとヒカルを抱き締め、安堵で息が零れた。
いつの間にヒカルに対して気持ちが大きくなっていたのだろうか。
あの夢をみたせいか、それとも先祖から継いだ遺伝のせいなのか……。
俺はヒカルを守りたいと。
よろいっそう強く想ってしまったのだった。
これで閑話は、終わりです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回から第四章に突入します。
この章で終わらせたいと考えております。
これからも、よろしくお願いいたします。




