閑話。思い出
※サブタイトルのように閑話みたいなものです。
おかしなヤツがいる。
一つ上の俺の組までその噂が届いているのだから、彼は相当おかしい人なんだろうなって思っていた。
この町に家族と引っ越してから数週間。
転入という形で幼稚園に入った俺はガラリと変わった環境に馴染もうと必死だった。
「肝試ししようぜ」
ある日、親の迎えを待っていると同じ組の園児数人が誘ってきた。
「嫌だよ。もう迎えがくるよ」
「まだ来ねぇって。それに事故があって渋滞してるってセンセーがゆってた」
幼稚園の門の方を指差す。
確かにその日はいつも迎えにくる時間を過ぎていた。
他の子もまだ迎えがこないのか室内に多く残っていた。
「もしかして、怖いのか?」
「でも、もうすぐ来るかも」という言葉を聞かず、ニヤニヤと笑みと誂い始めた。
俺の周囲でクスクスと同調した笑いが広がっていく。
「わかった。行けばいいんだろ」
これ以上、バカにされるのは嫌で彼らに付いていった。
「ここから先、一人で行ってもらう」
着いたのは幼稚園の校舎裏に続く細い道の入り口だった。
肝試しを誘ってきた園児がルールを話した。
「裏側まで一人で行って石を置いて帰ってくる。次のやつが石を持って帰ってくる。ビビったやつは明日のプリンをよこせ!」
「じゃあ、俺が一番な」と肝試しの言い出しっぺの園児が言うと手頃な大きさの石を掴み細い道へ入って行った。
ずんずんと細い道の奥へ進んだ園児は左に曲がり、建物の陰で見えなくなった。
それから数分。彼は何事もなく戻ってきた。
「ほら、次のやつ行ってこーい!」
手に石がない姿を見て他の子たちは「さすが!」「すごい!」など戻ってきた園児を称賛した。
無事に帰ってきたのを見た他の子たちが続くかと思いったが。
「おまえ、行ってこいよ」
指名が入った。
「なんだよ、怖いのか?」
「行くよ」
なんで次は自分?と思ったが、またニヤニヤと誂いたそうに口を開こうとしていた。
揶揄られる前にさっさと細い道に入った。
(進みたくないなぁ)
建物に太陽の日が遮られているせいか北に向かうほど暗かった。
前から通り抜けていくぬめった空気が肌に触れ、気持ち悪いのだ。
(さっさと石を持って戻ろう)
細い道の奥。曲がり角まで辿り着いた。
左に曲がろうと校舎裏を覗く。
建物と建物に挟まれた何ない空間がそこにあった。
「……?」
思わず首を傾げ、凝視した。
そこは本当に何もなかったのだ。
建物と建物の間に真っ暗な空間がぽっかりと空いていた。
映像、画像、風景、絵の中に一部だけ黒く塗り潰したみたいな…………。
あまりの奇妙さにその場から動けずに固まっていると。
『……け…、……て』
その空間から幽かな声が聞こえ、奥から手が見え隠れする。
ゾワゾワと毛が逆立つ感覚が駆け巡った。
真っ黒な空間から見え隠れする手がだんだんとこっちへ迫ってくる。
まるで手招きするかのように俺の方へ腕を伸ばしていた。
「あ……あ……」
逃げなきゃ。
そう思うのに足が動かない。
(あ、捕まる……!)
右腕が捕まれそうになり、自分は恐怖のあまりギュっと目をつむった。
ぐいッと捕まれた感触と横に引っ張られた感覚を味わったが、思っていた方向とは別だった。
「大丈夫?」
戸惑いつつ目を開け、左の方を見ると一学年下の組の園児がいた。
「戻ろう。帰りたいでしょ」
ぐいぐいと手を引き、元来た道を引き返した。
石を持ってこなかったので肝試しに加わった子たちに何か言われるかと思ったが、細い道を出た先には誰も待っていなかった。
俺の異変を見て逃げたのか、もしくは親が迎えに来て帰ったみたいだった。
「危なかったね」
迎えがきて人が疎らになった外の遊び場を眺めているとその子は言った。
「もうあそこに行っちゃいけないよ」
あんな奇妙なものを見た後で再び幼稚園の校舎裏に行きたいと思わない。
「アレって何?」
「知らない子。お兄ちゃんも連れていこうとしてたから助けた」
「知らない人について行っちゃダメだよ」と軽く注意された。
「た、たすけてく……」
「慎一郎、アナタどこに行ってたの! もう捜したんだから。せんせー! 外にいましたー!!」
校舎の玄関から外に出てきた母の声に遮られた。
「あらあら、まぁまぁ。外でお友だちと遊んでいたのね」
口元を手で隠しているがにんまりと笑う母の視線は、あれからずっと繋いだままの俺たちの手を見つめていた。
「っ、はやく帰ろう!」
恥ずかしくなりパッと手を離し、母のもとに駆け寄る。
「ばいばい。また明日」
「ばいばい。お兄ちゃん」
母にはやく帰るよう促しながら振り返り、その子に向けて手を振った。
――それが俺…東絛 慎一郎と神代 光の出会いだった。
第四章へいく前に彼の話を少し書きたかった。
BLとカテゴライスした理由だったりします(微要素ですが)
ここまでご閲覧いただき、ありがとうございました。




