それは呪いと呼ぶだろう
千年以上前。
神様の愛し子と器となった妹がおりました。
愛し子は神様に還すため、姓を持たず。
代わりに一族の『チカラ』を後生に残すため妹は『神代』の姓を賜った。
常闇の王により愛し子は奪われ、怒り狂った『鬼』を神代家の娘が秘術を用いて封印しました。
器となった娘から生まれた子へ。
『チカラ』と共に『鬼』は、次の器に引き継がれ、代々『鬼』が外に解かれぬよう、娘達はその身をもって封印に務めてきました。
『鬼』が弱まり、退治できるその日まで― ―。
「それが神代の娘の使命であり、受け継がれてきた呪いです」
母は色のない表情で。
僕が『母』だと認識できる顔をさせて語った。
「僕の中に『鬼』がいるですか?」
「居たわ。母から私へ。私からあなたへ。『鬼』は確かに居たのよ」
「"居た"?」
「今は『鬼』とあなたは分離して『カイコの樹』が眠らせている。あの実の中にね」
「光夜叉が『鬼』なんですね」
僕の確認に母は目を伏せた。
母が語った話が真実だとすれば、光夜叉は自分の過去を隠し、都合の良い事を教えてきたということになる。
「…そうですか。光夜叉は僕を『常闇の住人』から守ることが使命だと言っていました。あやかしとって神代家の人間の血肉は『チカラ』になるからと」
「そうして代償を払い。命を、魂を奪い、外に出ようとしている。あの子は今も厄介な『鬼』です」
「『チカラ』を使うため、たくさんの代償を払ったわ」と冷たく、無表情で母は呟き、再び僕に視線を合わせた。
「『カイコの樹』を退治するということは『鬼』をまた器に戻すということ。あなたは光夜叉を自分の中に戻したいと思いますか?」
それは代償を払い。
母のように感情を、人間らしさを喪い続けるのか?という確認に近い問いだった。
僕は唾を呑み、グッと身を締めて頷く。
「夢は永遠に視るものではなく、道を示すものだと思います」
置いていかれる、残されていく。
それは残された人にとっては悲しくて痛い。
ずっと大切な人と傍にいられる夢を見続けていたいと僕だって思う。
でも……。
「僕たちはもう醒めなくてはいけないんです。今、残してきた人のために」
待っている辛さが分かるから。
醒めることを望まない人に恨まれるかもしれないけれど、待つ人のために『鬼』だって自分の身に宿すよ。
「そっか。優しい子に育ったのね」
僕の言葉を聞き、母は諦めたかのような少し悲しそうな顔で溜め息をついた後、フッと優しく嬉しそうに微笑んだ。
「光夜叉に思い出してと言われます。『チカラ』とは何なのですか?」
自分は光夜叉がいなければ、まともに戦えない……。
『カイコの樹』から実だけでも何とかしたくても『チカラ』を使えなくてはどうしようもない。
「神代家の娘は『鬼』と共に『剣』も先代達より引き継がれてきました。いえ、『剣』の中に『鬼』の魂が封じ込めてきた。
『鬼』だけが離れた今…あなたの中に常闇の住人を祓ってきた『剣』が在る。
それがあなたの『チカラ』となります」
瞳を閉じてと母は手を翳し、優しく僕の目許を覆った。
「ゆっくりと呼吸し、『チカラ』を宿っている場所を探しなさい」
母の言葉に従い、ゆっくりと深く呼吸を繰り返していく。
だんだんと冷えいるように静まり、自分が呼吸する音だけが嫌にはっきりと聞こえ始めた。
全神経を自分の中心へ。
自分の中にある『チカラ』を探る。
(――あっ……)
何故、神経を研ぎ澄まして見えたのは光夜叉より、みせられた夢。
『鬼』を討つ、シンという男と…握られた『剣』だった。
(確か、あれはコウと呼ばれた人の主…槐から渡された剣、だ。
………これが『チカラ』)
直感だった。
脳裏に浮かぶ情景が、美しく冷たい月のように映える刀身が、自分の『チカラ』であり、受け継がれてきた『剣』だ。
「みつけたら、胸もとに集中させて」
僕が"何か"を掴んだ様子を察した母が助言を囁く。
「あなたの手の中にソレを、『チカラ』を形に……」
――する。
胸の前に両手を祈るように合わせ、イメージする。
両方の手の平から感じていく熱を拡げ、大きくし、徐々に重なっていた手の平を感覚に合わせて離していく。
「さぁ、目を開けてみて」
母の言葉に導かれ、瞼を開ける。
手の中には歪つで不明妙な形にしかならなかった剣が、今ははっきりと形となり、僕の前に具現化していた。
歪みのないシンメトリーの両刃の剣。
鈍い金色の鍔に焔の如く紅く丸い石が填められた、真っ直ぐで美しい剣だ。
「…………」
思わず自分の胸にある剣を魅入ってしまい、言葉を発せなくなった。
「さぁ、最後まで抗いなさい!」
トン、と背中を押され、視線を母に向けたが。
――そこには、誰も立っていなかった。
いつも『光夜叉』を読んでくださり、ありがとうございます。
余談ですが。
神代家(光夜叉)を引き継ぐ女性は、命やら魂やらを喰われるので薄命であり、感情(心)は喰われてしまいます。