『皮』
ニタァと耳まで裂けて笑う顔は、依頼者ではなかった。
姿は依頼者に似ていたが、そこに付いてある顔は別物だった。
悪意のある獣の顔であった。
「お前は誰だ」
声が震える。
「依頼者はどこにいる?」
「何をいっているの? 目の前にいるじゃない?」
「違う。お前は依頼者ではない。そんな顔ではない」
「あれ?……あぁ、そっか視えるのか」
ペタペタと自分の顔を触り、首を傾げた獣顔は僕をじぃっと見て何か思い当たったようだ。
「なら、あそこをみてごらん」
「依頼者はどこにいる?」と聞いた僕に獣顔は指をさした。
おそるおそる指をさす方に顔を向ける。
最初、待合い室に入った時に無かったものが室内の奥で揺れていた。
あぁ……間に合わなかった。
すぐに顔を逸らした。
室内の奥で揺れていたものは本当に依頼者だったのか分からないが、はっきりと確認をする気になれなかった。見たくもなかった。
「うぅ……」
気付けば腐った臭いと獣臭さが鼻腔を擽り、気持ち悪さが込み上げてきた。
口元を押え、吐き気を堪える。
「知ってる顔はあった?」
獣顔はニタニタと笑っている。僕を嘲笑っている。
口元が大きいからそう見えるのかもしれないが、口を大きく開く度に牙が見え隠れする。
逃げ道はないか周囲を確認しようとするが、黒い靄が覆い隠していた。
手に持っていたお札は連れされた際にボロボロになっている。
「何を探しているの?」
閉じ込められ、逃げ場はない。
後退する僕にじりじりと獣顔は近寄ってくる。
「お前かアイツを使って新しい『皮』の材料を呼ぶんだから、帰ろうなんて思っちゃイヤだよ? 他の人を呼ぶためにこれで拡散してあげるね」
獣顔の言っている意味を考えたくない。
考えたくないが、携帯を翳す姿を見ると僕達はまんまと依頼者のフリをした獣顔に釣られてしまったのだと分かった。
「人間は呪いだの、祟りだの、不幸が好物だろ? 自分がその対象だと吹き込んだ時、とてもよく騙されてくれる。思い込んで此方に誘いやすくなる」
本当はあの動画には呪いなんてなかったのだろうか。
失踪は呪いせいではなく、ここに訪れた時点で捕まっていたとしたら。
すでに何かと入れ代わっていたとしたら。
最初から依頼者は救えなかったということになる。
「初めから依頼者のふりをして騙していた」
だから、初めて依頼者と会った時、僕達は分からなかった。
『あやかし』に彼女は憑かれておらず、彼女そのものが『あやかし』だったのだから。
獣顔は肯定するかのようにニヤァと笑う。
(今は騙す必要がなくなったということか)
獲物が自分達のテリトリーに入ってきたから、正体を明かした。
いや、そもそもここに連れてきた時点で隠す気はなくなったのだろう。
人間を嘲笑うかのように耳まで裂けた口で
獣顔は言う。
「さぁ、新しい『皮』をちょうだい」と――。
いつも『光夜叉』(コウヤシャ)をお読みいただき、ありがとうございます。
私生活がいそがしくて中々投稿できなくてすみません。
でも、第二章のお話を少しでも怖いと思えるようがんばって書いてますので、よろしくお願いします。