『本物』は呼ばれた。
※主人公たちではない別の登場人物の視点です。
第二章の『始まりは密かに』あたりです。
朱に近い橙色の陽の光がボロボロに剥がれた床や壁を塗らしている。
俺も含めここに来た人達も割れた窓から射し込む西日で橙色に染められていた。
今日、ここ…廃虚となった動物病院にはSNSで声を掛けられた人々が集まっていた。
何せこの心霊スポットとして少しばかり有名な場所で『こっりくさん』の動画を撮るんだと。
あー、お暇なことで。
カメラの挙動を確認しながら、部屋の中央に集まった人々を見て心の中で悪態をつく。
俺は好きでここに参加しているわけではない。
この企画を立てた男に頼まれ、カメラ役、兼運転手としてこのくだらない企画に参加したのである。
神様に少しばかり顔を良くしてもらっただけでちやほやされて嬉しそうに。
女の方も女で顔につられ、バカだな。
この男、どんだけ裏で遊んでいるのか知ってるか?
中学生くらいの子も含めた女に囲まれた企画者の男をカメラのレンズ越しに眺めた。
「さっさと帰りてぇ……」
小声で呟いた本音は誰にも拾われることなく準備が進んでいく。
その時に自分の本音に従って帰れば良かった。そうすれば、呪われなかったかもしれない。
今さら思っても遅いが。
俺はカメラをセットし終えたこと、準備ができた旨を片手を上げ、伝える。
企画者の男はちらりとこっちに視線を向け、口を開いた。
「では、はじめましょうか」
予め決められた人が腰くらいの高さの棚に集まった。
それ以外は撮影の邪魔にならないように避離れ、企画者の男と二人を見守っている。
さながら、動物園で珍しい動物の様子を見守っている気分だ。そうだな、珍獣だな。
珍しいもの見たさで集まってきた性懲りもない生き物。
そんな生き物だったからか。
願ってもいないモノがあっちから訪れてしまった。
「こっくりさん、こっくりさん……」
出入り口付近にカメラを置いてるため、その近くに立ち、『こっくりさん』が来るのを待った。
数回目の『こっくりさん』を唱えた時に異変が起こった。
ちょうど俺は撮影ができているかカメラの状態を確認しようと覗いた際、室内が異様に暗かったのだ。
だんだんと暗くなっているとはいえ、まだ夕暮れの陽の光が刺し入っていた。
それなのにカメラに映る室内はやけに暗い……いや、黒いのだ。
何か設定がおかしくなったのか色彩を補正しようとカメラを触ろうとした時――。
「こっくりさ……うそ、動いた…!」
十円玉が動いたという、それも『はい』の方へと。
その声に周囲がざわめき、身を乗り出し興味津々で三人と紙の上にある十円玉を見つめた。
「降りてきましたね。では、続けましょうか。何か質問されたい人はいらっしゃいますか?」
周囲がざわめきの中で企画者である男は尋ねた。
平然としている男に盛り上げるために仕掛けたのではないかと思った。
へっ…と声に鳴らない声が出る。
くだらねぇと再びカメラを覗き、また声に鳴らない声が漏れ出た。
……ん、だよ、これ。
カメラに映る画面が墨でもぶちまけられたかのように真っ暗であった。
故障か? やめてくれよ、と企画者の男から詰られる自分を想像し、カメラの設定をいじった。
ふと黒い部分が動いていることに気付き、何気なく手を止めて注視する。
黒い部分は靄みたく。
靄の隙間から見え隠れするモノがあった。
それと目が合い……カメラ越しのため、そう感じただけかもしれないが……咄嗟にカメラの側から身を退いた。
「なんだ、これ」
本当に何なんだ、これは……犬? 猫? 狐? …………。
カメラと目の前の光景を交互に見る。
企画者の男達やその周囲は特に異常はなく『こっくりさん』に質問や参加者と雑談をしていた。
撮影を止めた方がいいんじゃねぇのか?
どうやって止めさせる? いや、自分だけでもこの場から逃げようか。
再びカメラに映っているモノの確認する気にもなれず、適当にカメラを触っていた俺に不審に思ったのか怪訝な顔で企画者の男は見ていた。
「おい、これ…………」
企画者の男に声を掛けた時、けたたましい獣の悲鳴が鼓膜を揺らした。
さっさと逃げるべきだった。
そう後悔しても遅く……『本物』は俺達を許してはくれない。