涙と自覚。
「本当に明日でいいのか?」
「そこまでひどくないし、大丈夫だよ。それにもう早く寝たいんだ」
ふぁ…と小さくあくびをして返す。
神社まで迎えにきた東條先輩は、僕の右肩を見ると目に見えてあわあわとしだし、携帯を取り出すと救急車を呼び出そうとした。
僕は慌ててそれを止めた。
見た目ほどひどくないと主張して、救急車を呼ぶことを阻止した。
夜も遅いし、サイレンを鳴らされて来られても困る。
「分かった」と東條先輩は救急車を呼ぶことを諦めてくれたが。
「今日は俺の家で泊まっていくこと」
自分を家に一人に居させられない、と強く言われてしまえば、今度は自分が「分かった」と頷くしかない。
どんなに言い訳をしても引き下がらないだろうと知っている僕は東條先輩についていく。
「あの、先輩…訊かないんですか?」
シンと静まり返った住宅地内で何も言わず、ただ歩くことに対して気まずくなった僕は隣で歩く東條先輩に聞いた。
「どうして、転んだとか、神社に行ったのかとか」
神社の階段から転げ落ちた、ということにしていた。
本当のことを言ったとしても信じてもらえる自信はなかったし、信じたとして不安にさせると思った。
ただ、お母さんと別れた日から近付こうとしなかった神社にいたのだ。
東條先輩は、近付こうとしない理由を知っているはずなのに訊いてこないことに不思議に思った。
「訊いてほしいのか?」
「それは……」
言い淀んでいると一瞬目を伏せた後、東條先輩は僕の方を向いた。
「今はヒカルの言うことを信じる」
僕から話してくれるまで待つよと言うと、再び沈黙が訪れそうになったのを止めるかのようにぎゅっと袖を掴んだ。
「ヒカル?」
「ごめん。ほっといてなんて言って、ごめんなさい」
奥に押し込めていた悲しみが急に押し寄せてきて、ごめんなさいと言う声が涙で震えていた。
「お母さん…あの時、連れていかれたんじゃない……死んだんだ、僕は、認めたくなかった………」
東條先輩は僕の言葉に「うん、うん」と相槌を打ちながら「大丈夫だよ」と背中を擦ってくれた。
「独りになるのが怖かった、かわいそうって周りにいわれるのがイヤだった」
その手が優しくて溜まっていたものが涙となって溢れてくる。
子供みたいに久しぶりに人前で泣いた。
僕はやっとお母さんが恋しかったことと、もう会えないことを自覚したのだ。
「もう、だいじょうぶ」
落ち着くまで東條先輩は何も聞き返さずに
待ってくれた。
すがって泣いて迷惑だっただろうに、痛いほど優しかった。
「帰ろっか」
「……うん」
そして、ゆっくりとした足取りで僕たちは日常へと戻った。
― ― ― ― ― ― ― ―
「主様…俺は、貴女の剣となります」
跪き、目の前に立っている主君に忠誠を立てる。
修羅に堕ちようとも俺はあの人の為に『魔のモノ』である『常闇』を倒すと誓う。
顔を挙げようとした瞬間、急激に場面は変わる。
「待って……一人にしないで…………!」
光を透さない暗闇に飲み込まれ、そこには――。
「あっ……」
真っ逆さまの状態で東條先輩と目が合った。
「おはよう。ヒカル」
「おはよ…シン兄ちゃん」
ゴン、とベッドから落ちたところを見られたらしい。
クスクスと笑う東條先輩に挨拶を返し、ベッドから毛布と共にずり落ちた。
「ベッド…貸してくれてありがとうね」
毛布を畳みながらお礼を言うと「いいよ」と気にしないで、と東條先輩は応えた。
ここは東條先輩の自室である。
あれから、怪我が治るまで東條家にお世話になることになった僕は、ベッドの所有者である先輩を差し置いてそこで朝を迎えたのであった。
ちなみに先輩はベッドのすぐ横に布団を敷いて使っている。
……一応、じゃんけんに負けてベッドを使わせてもらってます。
じゃんけんに勝った東條先輩が布団を選びました。
また、東條先輩の家に泊まった翌日、病院に行き、頬の切り傷や右肩の傷などの処置をしてもらった。
思っていたより、傷が浅く数回縫うだけでバイ菌なども入ってなくて良かったと思う。
「ヒカル、はやくごはん食べないと遅刻するぞ」
「あ、今行くー!」
さっさと制服に着替え、部屋から出る。
大丈夫、ここは違う。
夢の中でみた光を飲み込んだ暗闇を思い出し、心の中で呟いた。
今は……一人じゃない。
読んでいただき、ありがとうございます。
ここで第一章(?)は、終わりです。
私生活が忙しいので、第二章の投稿まで少し間が空きます。