さようなら、蜘蛛
「さようなら、『蜘蛛』」
可哀想に、とのばした腕は届かない。
血のよりも深い紅い瞳にかわった少年によって私の首は地に落ちていた。
「これはあげられないよ」
弧を描いた唇から、忌々しいヤツの声がした。
本当に、この子らは――――。
恨みの句を紡ぐよりも、私はあの子たちが哀れにしか思えなかった。
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気付けば、その場に座り込んでいた。
「おわったよ。ヒカル」
目の前に倒れた蜘蛛のない『蜘蛛』を思わず、まじまじと見つめていると刃から人の姿に戻った『少年』が立っており、手を差し伸べてきた。
「君が終わらせたんだろ?」
『蜘蛛』は何を思ったのか刃を向けた瞬間、抵抗してこなかった。
あんなに激怒をし、殺そうとしていたのに。あっさりと諦めていた。
倒されようとしていた?
そう思うのは考え過ぎだろうか。
「すぐに倒す意味があったのか?」
「君は本当に優しいね。だから、つけこまれそうになるんだよ。それにね、さっき『蜘蛛』は腕を伸ばし君に危害をくわえようとしていた」
確かに僕の方へ『蜘蛛』は腕をのばしていた。
でも、本当に危害をくわえようとしていたのか、疑問を覚えるのだ。
「主を守るためだよ。それがボクの使命だからね」
にっこりと笑って『少年』は応えた。
それ以上、何も言わず座ったままの僕の腕を掴み、立ち上がらせた。
「はやくここから出よう」
こんな息苦しい場所からはやく出ようと『少年』は言う。
「出るってどうやって……」
ガタガタと床が揺れ始め、だんだんと激しさを増す。
「出るっていっても強制的にだけどね」と『少年』は苦笑した。
その後、頭に強い衝撃と共に僕たちは神社の鳥居の柱を背に気を失っていた。
「うぅ……」
「起きた? よかった、死んでなくて~」
安堵した顔を浮かべた『少年』が顔が目に入った。
「ずっと眠っていたから怖かったよぉ」と僕に抱き付いてきた。
「いっツ……」
痛みで顔を歪めれば、「ごめんね」と慌てて『少年』は離れた。
「痛そ~」と言いながら、血で滲んだ右肩を見つめている。
「出れたんだ」
辺りを見渡し、あの暗い見知らぬ景色ではないことを確認した途端、安心にも似た感覚が戻ってきた。
空を見上げれば、星々が自ら存在を主張するかのように輝いている。
どのくらいあちら側にいたのだろう。
鞄から携帯を取り出し、画面を開く。
「あ、そういえば、それ…ずっと鳴っていたよ」
思わず、渋い顔になる。
携帯の画面を覗く同じ人物から着信やら何やらが数時間のうちにたくさん入っていた。
珍しく着信履歴が二桁になったなぁ。
あ…そういえば、ほっといてと言って逃げてきたんだっけ?
どれも、僕のことを心配しているとか、気に障ることをしていたら、ごめんとか。
「ストーカーかな?」
「う~ん。ただの心配性だと思う」
曖昧にそう返しといた。
これ以上、心配かけたら可哀想だと思い、「大丈夫だよ」「あと、ひどいことを言ってごめんなさい」と打って送信する。
「わっ」
すぐさま、着信が鳴ったため、声が漏れ出た。
「やっぱり、ストーカーじゃ……」という『少年』の声を隅に、僕は着信をとる。
「もしもし……シン兄ちゃん」
[よかった。ずっと連絡取れなかったから]
「えっ、と…ごめんね? 心配をかけて」
それに、とイジメにあっているのか心配してくれたのに、怒鳴ったりしたことも謝った。
[ううん、こっちも無神経なことを言った。ごめん]
[ところで、今どこにいる?]
「家にいるよ」
[ウソ、ついてるだろ、ヒカル。迎えに行くから場所を教えて]
つい、どこで見張られているじゃないかと辺りを見回してしまう。
「大丈夫だよ、わざわざ迎えにこなくても」
[やっぱりね。俺が会いたいだけなんだ。だから、教えてくれる?]
どうやら、カマをかけられたらしい。
仕方なく神社にいると伝えたところ、すぐ行くから待っててと言って電話は切れた。
「ねぇ……これってすぐに治らないかな?」
チラッと血で真っ黒になった右肩を見る。
『少年』は首を横に軽く振り、「ムリだね」と言った。
これ、どうにかならないかなぁ、と考えていると。
「君の想い人がくる前にボクは引っ込んでおくよ」
ふわり、と宙を舞い、首を傾げている僕の方に降ってくる。
「あと、ボクのことは、『光夜叉』って呼んでね、ヒカル――」
『少年』は自らのことを『光夜叉』と名乗ると金色の淡い光の珠となって僕の胸の中に落ちていった。
自分の中に戻っていくのを見送った後、ゆっくりと立ち上がり、神社の階段の方へ向かっていく。
さて、今からどうやって無事、家に帰れるか考えるか。
あっちこっちで痛みを主張する身体に対して言い訳を考えながら、階段を下りていった。
その後、病院と怪我が治るまで東條先輩の家にお世話になることになりました。
うん、こうなることは何となく分かっていたよ。




