どうして、僕ではなかったんだ
<殺セ!>
黒い蜘蛛は突き刺していた脚を抜くと大きくて振りかぶり、勢いよく尖った先端を降ろした。
「うわぁあああああああああぁー――!?」
殺される。
僕は叫びなから、咄嗟に自分の身から何かが抜け落ちた物を黒い蜘蛛の胴体に目掛け、突き出した。
一拍の無音の後。
何も起こらないことに不思議に思い、振り下ろされる前に反射的に瞑っていた目を恐る恐る開けた。
「え……」
目に飛び込んできた光景に思わず声が漏れる。
手に握る光の刃で黒い蜘蛛の大きな図体を突き刺していた。
腕にズシリと重みが伝わってくる。
刃といっても形は歪なものだ。
少し長身の長い刃は所々、震えたように曲がり、それでも真っ直ぐ相手に伸びている。
また、柄もなくそのまま抜き身を掴んでいる状態だった。
だけど、手に痛みがなくどこも切れていなかった。
見た目は鋭利で使い手さえ、斬りそうなのに。
――君は曖昧に現形させるから変な姿になっちゃったよぉ。
でも、まぁ、及第点ってところかなぁ~。
「これって、君なの?」
手の中にある刃から声がして、そちらに視を向ける。
――そうだよ、ボクは『常闇の住人』を退治するためにつくられた『式神』さ。
本来の姿にはほど遠いけどね!
どうやら、ハリボテ感がある刃は本来の姿ではないらしい。
「ハリボテっていうな」という声を無視し、ガサガサと目の前で動く黒い蜘蛛を思いっ切り横に転ばした。
その勢いで剣先が抜けた先は、一際、激しく黒い蜘蛛は動く。
慌てて立ち上がり、距離をとると剣先を向けた。
苦しそうに藻掻くと黒い蜘蛛は動かなくなり、黒い糸の束となって身を崩した。
――ヒカル、避けて!!
気を抜いていた僕に『少年』が警告を鳴らした。
死角から首を狙った長い爪を避ける。
その弾みで『蜘蛛』は床に倒れ込んだ。
<チッ……>
向けられた剣先の端を見つめ、『蜘蛛』は舌打ちを鳴らす。
<何故、何故…邪魔ヲスル。ワタシハ、タダ……愛オシイ子ト共二……>
一緒に居たかった、それだけなのにと『蜘蛛』は嘆いた。
――だからって、『蜘蛛』がやったことは許せるものではないよ。
コイツがしたことは、愛おしい子……君のお母さんの身体を維持するために多くの魂を使った。君の同級生たちも含めて、ね。
伊藤たちは僕のせいで巻き込まれたことになる。
そう思うと恨まれても仕方ないのかもしれない。
――でも、それだけではいずれ対処しきれなくなる。
結局は肉親である君が必要になったんだ。
だから、影で君の思考を操っていたはずだよ。
思考を操っていた?
――君の一部を…例えば、髪や血などを使って何かしていたんじゃないかな?
ここに招くには手順があるだろうし。
もしかして、あの哀れむ声(幻聴)は『蜘蛛』に思考を操られていたのか。
他の人たちも、僕と同じように現実で生きるのが嫌になってここに連れて来られたのかもしれない。
僕には哀れむ声の他に別の『声』である『少年』がいたから、時間が掛かっただけで。
――……ヒカル?
何もせずにいる僕の名を『少年』は呼んだ。
分かってる、この刃で『蜘蛛』を退治しろって言うのだろう。でも、その前に……。
「どうして、すぐに僕をここに連れてこなかった?」
あの時、お母さんと一緒にここに連れてくれば、良かったんだ。
そうすれば、誰も巻き込まれなかったじゃないのか。
<オ前ハ、愛オシイ子の子供ダロ? 血ガソウダ、似テイル>
「だったら、なぜ?」
分かっていたのなら、どうしてという疑問が募る。
子供の時に連れてゆけば、今頃は……そんな思いで『蜘蛛』を見つめた。
<愛オシイ子トノ約束ダ>
フッと眼を細め、『蜘蛛』はお母さんのいる方へ視線を向けた。
<愛オシイ子ハ、イツモオ前二謝ッテイタ。イヤ、生マレテクル子供二対シテ、カ……オ前タチ一族ハ、呪ワレテイル。子ヲ生メバ能無シダ。タダノ『器』ダ。オ前ノ世話ヲ誰ガスル?>
『蜘蛛』の言っていることが分からずにいると。
<オ前ハ、愛サレテイタノダ。本当二憎ラシイ>
溜め息を吐いて『蜘蛛』は言った。
愛されていたと告げられても実感がわかなかった。
僕が覚えているなかでお母さんに愛情を感じたことはあっただろうか。
気付かなかっただけで、別の方法で愛情を示していたのだろうか?
「ウソだ、ありえない。お母さんには感情なんてなかった」
だから、お母さんの存在がすることが家族にとっての愛情であると信じていた。
「お前の『糸』にお母さんは操れて……」
そうだ。お母さんは操られていたのだ。
そして、『蜘蛛』にそれで連れていかれたんだ。
いつから?
それまで、僕をそばにずっといたのは……。
<オ前タチハ、可哀想ダナ……>
――ねぇ、もういいでしょ?
「さようなら、『蜘蛛』」
あと二、三回くらいの更新で第一章(?)は終わりです。
第二章(?)については今、お話を執筆中かも??




