君との契約。
「こんにちは」
痛いほどの真っ白な世界。
降り注ぐ声に視線を向ける。
「ヒカルくん」
上を見上げれば、柔らかい金髪と赤色の瞳をした少年が浮いていた。
「『くん』なんてつけてないでしょ、君は」
「ちゃんと認識してくれたんだ。うれしいな」
ひらりと裾と袖が長い袴のような着物を靡かせて僕の目線まで降り、『声』はふふふ…と笑っている。
「今もあそこにいるんだよね」
「そうだね。ここは君の中…精神世界ってとこだね」
『声』は肯定する。
意識だけ自分の中に引きこもっている状態なのだろう。
所謂、空想や想像、妄想の世界と変わらないといったところか。
試しに意識を現実へと傾ければ、ぼんやりとだが、宙に浮いた自分の足と床が見えた。
「さて、ここに君を引き込んだのは『蜘蛛』に殺される運命に対して現実逃避するためではないよ」
むしろ、その逆だと『声』は言った。
「『蜘蛛』の愛玩道具にされた君のお母さんから『チカラ』を返してもらった。
だから、こうして、君の前に姿を現すことができたの。でも、この話は今はいいよね」
「ボクは、ね。君に死んでほしくないの」
ぎゅっと僕を抱き締める。
「君のお母さんも死んでほしくなくて『蜘蛛』の傀儡になったわけではないだよ。
ヒカルは覚えていないかもだけど、君を守ろうとしていた」
守る……お母さんはあの『蜘蛛』のような、『常闇の住人』から僕を守ろうとしていたのか?
人形のようなお母さんが?
いや、ずっと昔はもっと……。
「そう。君を大切にしていたんだよ。
今度はボクが君を守ってあげるよ」
守る、と呟いていた僕へ『声』は応えた。
「ボクを受け入れて」
赤い夕暮れの目が真っ直ぐ僕を見つめ、幼さが残る面を合せる。
「あ…………」
これは、『契約』だ。
今後も生かされるための『契約』を持ち掛けられているんだ。
そう気付いたとしても、僕に拒否という選択はなく。
「『蜘蛛』は待ってくれないみたいだ」
ズキズキと痛みを訴える頬が自分の身に危険が迫っていると警告していた。
どうする?という風に小首を傾げ、見つめている。
頷いた後、僕は――。
「分かった。君を、受け入れるよ」
*****************************
真っ白の世界から現実の異界に戻されていた。
「ボクの『チカラ』をかしてあげる」
突如、目の前に現れた少年は、血で汚れることを厭わず、僕の頬を両手で優しく包む。
「君は……」
僕の中…胸辺りから姿を現した少年は、まるでもう一人の自分が窮屈な『器』から抜け出してきたみたいだ。
驚いている僕に頬笑みだけ返すと目を閉じ、顔が近付いてきて――。
「な、なに…っん」
薄く小さな唇が重なる。
ぞわり、と背筋が凍るような嫌悪感が襲う。
自分を捕らえている『糸』が無ければ、咄嗟に払い除け、拒絶していたであろう。
「……っ!」
食われているという錯覚が芽生え初めた頃、重なりあった唇から何かが流れこんでくる。
『気』というやけにじんわりと温かみのあるそれは僕という器の中に流れ込み、混ざり、意識の境界線が曖昧になっていく。
半ば強制的に受容した僕達は、一つになり。
やがて――。
僕の体は光を帯び、絡み付く『糸』を燃やすように解いたのだった。