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光夜叉  作者: ソラネ
第四章
116/128

うつして代えて

※三人称支点です。


 また勝手なことを、と嬉々として異物を見に行った『鬼』に織部は溜め息を吐いた。


ウラマチに存在する異界に入ってきた異物である侵入者に織部は気付いていた。

だが、侵入者に構わず、目的の場所を見付けるため建物内の奥に進んでいた。


アレは少々自由すぎる。


長年、封印されていたせいで束縛を嫌い、自由というものに貪欲すぎるのだ。


それでも鬼が自分と行動を共にするのは『愉しそう』だと思い、計画に加担しているからだろう。


織部は願ったのだ。

願いを聞いた『鬼』は共感を示し、自分も『カタワレ』に裏切れたといった。


(共感した素振りをしただけかもしれないが)


「ここか」


 まぁいい。目的を達成するまであと少しなのだ。それまでの付き合いだと思えばいい。


織部は扉の把手に巻かれた錆びた鎖に手を触れる。

織部が触れた箇所から黒く腐蝕し、数秒で劣化した鎖は重さに耐えきれず床に落ちた。


「アハハ…」


 地下へと続く階段を見て織部は思わず、小さな笑い声が漏れた。


 斬り棄てられてから千年。自我が出来て数百年。身体が手に入って数十年――。


やっとここまで着たのだ。

この底に忌ま忌ましい結界の『核』と世界を滅ぼせる常闇の王がいる。

自分が戻るべき場所が待っているのだ。


(更なる底へゆくために『鍵』を連れて行かなくては……)



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



「うつし代え……?」


 杏寿がいう。本家が…いや、織部が今から行おうとする儀式の内容を二人に伝えた。


「そう。うつし代え。『鬼』を私の身体に宿し、私の子が『鬼』を宿していく。神代家の代わりに織部家が封印の役目を引き継ぐ……」

「無理だ。あの『鬼』は決して封印には応じない。儀式は失敗する」


 東絛の言葉に杏寿は立ち止まり、振り返った。


「ねぇ、あなたは本家の人? それとも分家?」


 東絛の顔をじっと見つめる。

「俺の友人や」と久瀬は応え、はやく神代に会わせろと促したが無視される。


「あなたは、だぁれ?」


 やたらと幼い声で聞いてきた。

久瀬に見向きもせず、東絛しか眼中にないみたいだ。


(さっきまでこっちに興味を示さなかったくせに、なんだ急に……)


 東絛は訝しげに見下ろしていると「あ…」と小さな声を漏らし、別の方向へと顔を逸らした。


次の瞬間、風が横切り、杏寿は地面に倒れていた。


社の方へ戻っていく黒い手が見え、杏寿はその手に突き飛ばされたのだと気付く。


「おい、大丈夫か?!」


 久瀬は杏寿のそばに駆け寄る。

むくりと上体を起こした杏寿は、どこか切ったのか血で顔が濡れていた。


「痛い…痛いなぁ」


 汚れた顔を拭う素振りもなく。

強く頭を打ったのか、黒い手を見て気でも触れたのか。

アハハハ、と楽しそうに。突如社から現れた黒い手に指を差し杏寿は笑っている。


「あの中にいるよ。会いにいこうよ」

「あそこにヒカルがいるのか」


「しっかりしろ! いったんここから離れる」


 明らかにおかしくなった杏寿を連れ、いつこっちに襲ってくるか分からない黒い手から逃れようとした。

だが、久瀬は杏寿の顔を凝視し、固まっている。


「何している。はやく」


 東絛も黒い手から視線を二人に移す。


「おまえ…顔が…………」

「ん? あー……」


 久瀬に指摘され、顔をぺたぺたと杏寿は触る。

頬から鼻先にかけて引き裂かれ、ボロボロだった。ボロボロの皮膚の下に別の皮膚と肌があった。


「あー、バレちゃったか」


 爪の痕をなぞり、残念そうに笑うとバリバリと破った。


「こっちまで傷ついてなくてよかったよ。パーツを揃えるの大変だったんだ」


 ふう、と乱れた長い髪を手ぐしで掬いて顔を露になる。

東絛はゴクリと唾を呑み、思わず名前を呟いてしまう。


「……(エンジュ)


 東絛を見つめ、にっこりと槐の顔でソイツは微笑んだ。

だが、その笑みは東絛が記憶している槐の表情ではなかった。


(彼女は……そんな笑い方はしない)


 誰かを見下し憐れむような笑みを見せたりしない。仲間と同じ目線で自信たっぷりに笑う人だ。

東絛は大切な思い出を汚された気分だった。嫌悪感を隠さず、おもてに出す。


「お前が……もう一人の『鬼』か!」

「なっ!? コイツが?」


 姫川は、槐のふりをした『鬼』を追いかけ、今世の記憶を失った。

その『鬼』が杏寿の皮を被っていた。

杏寿という人間は、本当に実在していたのかどうか……。


「姫川の記憶も、杏寿や他の人のモノを奪ったのか」

「奪うなんて人聞きが悪いなぁ。それにそんなことを聞く余裕……ある?」


 黒い手がソイツと久瀬に襲いかかる。

地面に落ちてくる手を避けるため、二人は別方向へと逃げた。


「……ッ!?」

「願いを叶えてやっただけだよ。

昔っから。その結果に満足しなかったのは人の方さ」

「ふざけんな!」


 再び黒い手は、槐の顔をした『鬼』目掛け、襲いかかるが軽々しく躱し、避ける。


「こっちばっかし狙わないでよ。愛しい子と似た顔でしょ」

「人から奪ったもん返せ!!」

「なぁ、アンタらもこっちに構ってないで行ったら? 一個目の扉をブッ壊されてアレが出てるんだからよぉ。

織部にお友達、もっと奥に連れていかれちゃうよ~」


 久瀬は舌打ちをし、東絛は鋭い眼付きで睨みつけた。

「クソッ!」と黒い手を躱しながら社の入り口まで二人は走った。

今、あの『鬼』に構っている暇はない。優先はするべきは神代を助けることだ。


「……奪い返してやる」


 東絛が『鬼』に呟くと面白そうに手を振る『鬼』を背に社の中へと入った。



ご閲覧いただきまして、ありがとうございます。

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