軟禁状態
これって……軟禁状態なんだろうな。
一人残された僕は、ぼんやりと天井を見上げて思う。
四畳程の広さの客間には窓がなく外が見えない。
視線を動かせば白い壁と本棚、フローニングの床と布団くらいしか目に入ってこない。
(携帯……バックの中だ)
学校から……体育の授業後、そのまま病院に行ったのでジャージのままだ。
制服も鞄も学校に置いてきているため、誰にも連絡ができなかった。
暇だ、と思っていると誰かが扉をコンコンとノックする音が鳴った。
「部屋に入ってもいい?」
杏寿の声が扉の向こうから聞こえ、僕は了承する。
「神代くん、大丈夫? ケガ…頭の……」
「あぁ、大したことないよ」
「そっか……」
「杏寿さんもここに住んでるんだね」
「うん……居候させてもらってる」
「僕のところに来て織部先生に怒られない?」
「大丈夫よ。それに今家にいないから。神代くんが敷地内から出なければ捜したりしない」
少し間が空き、気不味くなる中で杏寿は「ごめんね」と呟いた。
「本当は気が進まないんだ。明日の儀式……強制的で」
「うん」
「どうして、そんなに落ち着いていられるの? 怖くないの? 明日の儀式で死んじゃうかもしれないんだよ」
僕の中にいる『鬼』を取り出し、別の肉体に移す儀式を明日、行う。
僕は『鬼』によって延命している。
光夜叉ごと『鬼』が僕の中から消えた時、自分はどうなるのか分からない。
「うん、そうだね。僕の命、尽きるかもしれないね」
魂のない身体で生きるのか、すぐに命が尽きるのか――。
どっちにしても無事ではすまないのだ。
『カイコの樹』が光夜叉と魂を分離させた後、異界に僕を留まらせたのは自分の命が危うかったから。
魂を、感情を、失っていた僕に『会いたい』と願う気持ちは希薄で、帰されてもおかしくなかった。
「どうして、逃げないの? 自分自身が大事でしょ、普通。死ぬかもしれないなら逃げなさいよ!」
「そういう杏寿さんは? 君だって死んじゃうかもしれないのにいいの? ここにいて」
「前にも言ったでしょ。誰かが背負わないといけないのよ」
「僕もだよ。逃げるわけにはいかないんだ。
ねぇ、杏寿さんこそ本当にいいの? このままだと背負わされてしまうよ。
堪えられる? 仲良く一緒にいられる?
僕の中にいる『鬼』は面倒なやつだよ」
「……分からないわ、そんなの。化け物と、よ」
「じゃあ、明日の儀式はうまくいかないだろうね」
僕の目をじっと見つめたまま杏寿は後退りをする。
「…ごめんなさい。言い過ぎた。明日であなたはお役目を終わるもの。当たってしまった」
「僕も少し気が立ってた」
僕も謝る。ピリッとした緊張した空気が少し和らいだ。
「逃がしてあげられないけど。
………明日、神代くんのお友達が来れるといいね」
明日の儀式を行う場所をスバルに伝えたらしい。
それぐらいしかできなかった、と杏寿は言うと部屋から出ていった。
(本当に来てくれるのかな……)
布団の上に仰向けに倒れる。
(少し…期待してもいいのかな……)
儀式から逃げれるかもしれない。
でも、そうしたら姫川さんの記憶は失ったまま、手掛りが無くなってしまう。
――嘘かもしれないじゃん。記憶を取り戻す方法なんて無くて、ボクたちを騙してるだけかもよ。
脳内で光夜叉の声が聞こえてくる。
――ボクを他人の器に移すなんてバカげてる。
どうしてさ、最初の人は君を自分の身体に封印したんだろ?
他の人だってその方法が分かればできるのでは……。
確か……神の愛し子の妹だったけ。
わざわざ、自分とその子孫を犠牲にしてまで光夜叉を封印したのか意味が分からないけど。
――主の妹だったからだよ。彼女でなかったら成功しなかった。
長い年月をかければきっと、ね。主と同じ人が生まれるって信じてたんだ。
だから、ボクはあの封印に応じたんだ。
槐って女の人だよね? 僕、男だよ。
先祖の人と姉妹であれば、隔世遺伝などでもしかしたら、容姿が似る人が生まれるかもしれないけど。
確率としてはかなり低くないか。
――生まれ変わったら男になりたいって言ってたよね。叶ってよかったね、 主様!
……会話になっていない気がする。
明日の儀式は失敗するというが。
織部ら本家には、僕の中から光夜叉を引き離す方法を見つけたのだろう。
成功しても、失敗しても、だ。
明日のことを考えると不安にしか思えない。
――君のこと……ボクが守ってあげるから安心してね。
そんな言葉をかけられても安心材料にならないというのに。
光夜叉の声を聞いてると考えるのをやめてしまうんだ。昔から――。
あけましておめでとうございます!
終わりが近づいてきましたね。