なけなしの
姫川との会話は、記憶にない思い出話をするようだった。
やれ昔はこうだったとか今の人たちはああなったのかとか……。
年寄りが自分らが若かった頃と今を比較するかみたいに姫川は話すのだ。
「昔はもっとマシだったのよ。こんな歪つではなかったわ。今は結界の外の方が昔より安全じゃないかしら」
「まるであたしたちは生贄みたいね」と姫川は笑った。
「そうか? 俺には結界なんて視えへんが」
「あら、可視化なんてしたら壊されるじゃない」
姫川は信じられないという風にため息をついた。
「ここにはね、とても怖い王さまが眠っているの」
小さい子どもに言い聞かせるように話す。
「闇を統べるあやかしの王様……。
『常闇の王』と呼ばれている化け物が。
この地に施されている結界によって封印され、今も深い深い場所で眠りについている」
「あの子と共に――」と小さく呟いた言葉にズキリ、と胸が痛む感覚がした。
「あやかしが溢れていないのは結界があるおかげよ。結界が破られれば世界は闇にのまれて……おしまい」
パン、と手を打つ。
「ご先祖様に感謝しましょうね」
姫川はにっこりと笑った。
「逆にスッキリした……。清々しい気分なんです」
記憶が無くなって辛くはないのか?
帰り際に思い切って聞いた僕に姫川は応えた。
「あっ、別に無くなってほしいわけではなくて…もちろん、あった方がいいですよ。
でも、ごちゃごちゃしていたものが抜けて意識が明瞭になった気がします。不思議と今の状態も悪くないの」
「でも……」
「そんなに落ち込まないでくださいまし」
僕の手を両手で包み、上辺使いで姫川は見つめた。焦点が合った瞳で真っ直ぐと。
逆に僕の方が瞳を反らしたくなった。
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ここは強いていうなら精神世界。
漫画や小説などでは登場人物の心理描写を様々な表現されるが。
僕の内面は、何もない僕らしい…真っ白で殺風景な場所だ。
そこで僕と光夜叉は対面していた。
「わざわざ、こっちに来るなんて…君ってバカ?」
悪態をつかれた。
危機感がない僕に呆れているのだろう。
光夜叉は『鬼』だ。
神代家の人間に取り憑く、命や魂を喰らう『鬼』――。
「君と話したいと思って」
「ボクは話すことはないよ。もう分かってるでしょ? ボクが何か。考えるのをやめた君でもさ」
「うん。聞いたし、夢でもみてたから。なんとなく……君が良くないものだってことも分かるよ」
時々、夢をみていた。
槐になってたり、槐を見つめるコウという『鬼』だったり。
勝手に僕の身体を使ってることをおぼろ気ながら覚えている。
「それなのに会いに来たんだ。なけなしの魂でも大事にするべきだよ」
「聞きたいことがあったから……君以外の『鬼』について」
光夜叉は「へぇ」と紅い瞳を細めた。
「……記憶を奪う『鬼』ねぇ」
シン兄ちゃんから姫川の記憶が無くなった要因について聞いていた。
行方不明の間、姫川は『鬼』と遭遇していたらしい。
「心当たりある?」
「さぁね。そんな限定的な能力を使うヤツは知らないなぁ。
そもそも現在まで生きる『鬼』なんて存在してるのかどうかも怪しいね。千年以上前に退治なり封印なりされているからね」
封印……。
僕は小さい時に見つけた壊れた祠を思い出した。
「身体、肉体、器……それらがないとアヤカシってね。ただの影みたいなものなんだ。受肉を得て『形』を持つ。やっと存在ができる」
「じゃあ、今の君は『鬼』ではないんじゃないか?」
「何をいってる。目の前に『器』があるじゃん? それにボクのこと…『鬼』と呼んだのはお前らだろう」
光夜叉は僕の方を指差し、思わず一歩後退った。
「主サマは、本当に危機感なくて天然だよね」
ため息と一緒に嫌味をつかれる。
「せいぜい、鬼に魂を喰われないようにしてね」
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