変容
姫川に会いにいこう。
そうスバルに誘われたのは、姫川がみつかってから半月ほど経った後だった。
「今、俺の家に居るんや」
着いたのはよくて趣ある、悪くいえば古くてボロいアパートだった。
そんなアパートの一室に僕とシン兄ちゃんは招かれた。
「お邪魔します」
玄関からまっすぐ。廊下の先にある部屋に人影が見えた。
(先客? 久瀬と一緒に住んでる同居人かな?)
短く切り揃えられた髪に吊り目で真っ直ぐと前を見つめる横顔から意思の強そうな小柄な少年がいた。
それが姫川だと思わなくて、誰だろうと見ていた僕に。
「お久しぶりですね。槐」
黒く澄んだ瞳をそっと細め、姫川は言った。
「それとも、コウと呼んだ方がいいですか?」
「ツクヨミ。それは……」
「よく分かってないのに、意地悪をいいましたね。ごめんなさい」
シン兄ちゃんの制止に姫川は軽く流すように笑った。
「とても混ざり合ってる。記憶だけではなく魂までも」
「姫川さ、ん?」
「本当にごめんなさいね。槐、いえ、今は互いに別の名前なのよね。どんな形であれアナタに会えて嬉しいわ」
落ち着いた所作から見た目に反して自分よりずっと年上の人と話してるみたいだった。
「ねぇ、二人とも……ちょっといい?」
スバルとシン兄ちゃんに声をかけ、玄関前に戻った。
「これってどういうこと?」
小声で問い詰めた。
僕の知っている姫川さんじゃなかった。
全部が変わった。別人になったわけではない。
でも、年相応さがなくなったというか。
見た目、言葉遣い、仕種、雰囲気……微妙に違った。
「うん。わりぃ。ちゃんと言ってなくて。
みつけた時からああだった。あいつ……記憶が欠けてるんだ」
前世の記憶しかなかった。
今世を生きる姫川の記憶ではなく、前世で生きた月読の記憶しか残ってなかったと言われた。
「病院に行ったんだよね?」
記憶、戻るんだよね?
「…………」
スバルは気不味そうな顔をした。
「どうして、すぐ教えてくれなかったの?」
「俺が止めた」
スバルを庇うシン兄ちゃんに視線を移す。
「動揺させたくなった」
一言だけ言うとシン兄ちゃんは黙った。
シン兄ちゃんは知っていたんだ。
僕だけがのけ者にされていたってことだ。
「お取り込む中、ごめんなさいね。
でも、ずっと放っておかれると寂しいわ」
割って入ってきま姫川の声にシン兄ちゃんに食って掛かろうとしていた僕は少し冷静になり、口を閉じた。
「あたしが我が儘をいったの。あなたの負担になると分かっていながら会いたいって」
二人を怒らないであげてね、とあらためて僕と姫川は向かい合った。
「……何も覚えてないのよね?」
こくり、と頷く僕を見て姫川は「仕方ないわ、遠い昔のことですもの」と言った。
「あ……でも、夢の中でなら、みたことはある」
コウという青年の夢。
おそらく光夜叉の記憶であろう一部に槐という少女をみた。
「全然似ていなかった。僕は槐の生れ変わりではないんだと思う」
「そうね。槐はもう少し堂々としていたわね。
だけど、神代という器の中には『槐』の魂がいる。混じり合ってるあなたは生れ変わりといっても差し支えないわ」
喰われて変容しているが……。
姫川はそれでも僕を槐の生れ変わりだと言った。
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