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103号室と雨音  作者: 郷さと
1/1

11月の足音



ある日突然、口に咀嚼したものが砂のように感じた。



大小様々な砂の粒。砂利を噛みしめているような感覚に陥ると、だらしなく開いた口からぼろぼろと食べ物が溢れ出した。



何が起きているのか理解が追いつかず、ただ眼球の奥を圧迫する熱いような痛いような滲むような衝撃が襲ってきて目尻を濡らした。


チャーハンだったものと一緒に机にぱたぱた落ちる涙がわたしの手のひらも同時に水浸しにしていく。


置いてけぼりにされたわたしの頭が、あ!とようやく気がついた。




今、わたしの心は壊れたんだと






___________________________________________






部屋の片付けはずいぶん前から放棄してしまっている。


片付けなければならない仕事は山積みで、玄関を開け放ってすぐ視界に入り込む脱ぎ散らかした下着やストッキングを見てげんなりはするが、ハウスキーパーを雇うお金なんて25歳貯金なしのアルバイターにはあるはずも無い。

今日とてダブルワークのBAR勤務を終えようやっと帰宅し、早々に昼の事務職の片付けに取り掛かるところだ。


身体を震わせ、喉を痛めそうな咳を数回こぼす。

乾燥している11月という冬の入り口の季節はあまり好きではない。

この10余年。自分の誕生月であるこの季節にはロクな思い出がないからだ。


去年は恋人に振られた。

一昨年は事故にあった。

一昨々年は詐欺にあいかけた。

…やめよう。こんなことを考えるのは。

散らかった部屋を見て少しナーバスになっているだけだ。


何もないことはわかっているけれど一応、冷蔵庫を開けてみる。

美味しくなくて結局飲みきらなかった安物のワインと、賞味期限をとっくに切らした卵を確認すると黙って扉を閉めた。

今日も仕事の相棒はペットボトルに入った麦茶とコンビニ弁当だ。


最近は天気があまりよくない。

お陰で部屋干しせざるを得ない洗濯物たちが狭い6畳1kの部屋にぎゅうぎゅうとひしめき合っている。

柔軟剤を買いに行こう行こうと思っていつも後回しにしてしまうせいか、タオルはゴワゴワしていたし、衣服も肌に引っかかる。

うんざりだ。もう。


パソコンはいよいよ10年選手のデスクトップ。

轟々とけたたましい音を立てて懸命にわたしについてきてくれている。買い換えたいがやはりそんなお金はない。

人より多少身体が弱く、最近は季節の変わり目とあって仕事も休みがちだ。ただでさえ収入は決して多くないというのに、このままでは明日食べていくこともままならない。


カサカサした咳がまた幾度か襲ってきて、麦茶でなんとか動悸ごと治らないかと一気に飲み干してはみたけれど、ばくばくと体の不調を主張する胸の内側を叩く音は必死に何かを伝えようとしてきてやかましい。

うるさい。今わたしに休んでいる暇なんか


エンターキーを叩き込んで、とりあえず食事を取ろうとコンビニ弁当の袋を開けた。温める手間さえ惜しい。冷え切ったチャーハンを口に運んだ瞬間。



手遅れなところにまで、きてしまっているんだなと気づかされてしまった。



フラッシュバックする、思い出したくもない記憶

毎日必死に命を切り崩しながら生きている現状

寝ぐさいような所帯染みた散らかり放題の部屋

使いっぱなしの固まったマニキュアも、

根元から黒く染まっていく栗色の髪色も、

忘れたはずの左腕がじくじくと痛んでこのままでは、このままでは、このままでは、



「だから11月は嫌いなんだ」



川嶋里美 26歳の誕生日

雨音が叩く音をファンファーレに


病名を「鬱」と呼ぶらしいそれと再会することになりました。

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