1.全力投球が出来なくなった少年
中2の夏、彼は轟かせた球場から姿を消した。
現在高校1年生。名前は上原 名来。
姉と兄と弟がそれぞれ1人ずつの計4人兄弟。
「なあ上原、お前部活決めた?」
「いや、まだ決めてない。」
「俺さ中学吹部でパーカッションやってたんだよな。今日一緒に吹部見学行ってみね?」
彼は菅田 健一。名来の後ろの席で入学後のガイダンスで知り合った。
「…わり、俺楽器吹けねーしそもそも興味あんまねえから断るな。」
「まじかよ、まあそれなら仕方ないよな。じゃ今日俺部活見学行ってくるから先帰ってて構わねーから!」
「ん、了解。」
「上原くん1人で帰るのー?なら私たちと一緒に帰りましょうよ!」
「悪いけど1人で帰る。つかあんたら誰、知らねえやつと帰るなんて俺はお断りだ。」
これで何度目だ。名来は一応イケメンの分類に所属するであろう顔付きをしている。昔からのトラウマからか女子には冷たい態度を取ってしまう癖がある。
「おい上原、少しは女の子に優しくしないとモテねえぞ。」
「んな称号要らね。どうせ顔だけ見て寄ってくるやつばっかだろ。ていうかさっきの女達とも俺話したこともねーしな。」
「…ま、お前も何かしら部活入れよ。お前運動とか出来るし勿体無い。」
「考えとく。んじゃ俺陸部の顧問とやらに呼ばれてっから行ってくる。また明日な。」
部活は今のところ入るなんて考えていない。部活に入ったところで興味なんて湧くはずも無いのだから。
靴を履き替え陸部の顧問に会いにグラウンドを出たところだった。きっとバッティング練習でもしていたのだろう。野球の硬式ボールが転がってきた。
そして野球部の部員らしき人もボールを取りにやってきた。向こうでは捕手がグラブを構えている。
「(…バックホームか。ここからなら届くか。)」
そう考えボールを取りに来たやつを無視して捕手が構えている位置までボールを思いっ切り投げた。
この俺を誰だと思っている。もちろんそのボールは捕手の構えたところまで1度もバウンドする事なくグラブの中に収まった。
「…悪い、折角ボール取りに来たのに投げちまった。それじゃあ練習頑張ってください。」
そう伝えれば名来は軽く肩を回しながら陸部のところまで足を運んだ。そしてそれが名来の運命を変えることになるのは誰も知らない。
「…上原名来。本当にこの高校にいるとは思わなかったよ。」
「んで、何の用っすか。」
「先週行った体力テストは見ていた。ところで、だ。君は今どこの部活にも所属していないらしいね。」
「あー、はい。」
なんだよこのおっさん。という言葉は口に出さないようにしながら適当に相槌を打ちながら話を聞き流していた。俺よ、真面目に人の話を聞け。
「それでだな、ここからが本題だ。」
「あ、まだ本題じゃなかったんですね。」
「君のその強肩、そして俊足のその足を陸上で生かしてみたくはないか?」
「いや、俺部活に入る気は今はないんで。んじゃ失礼します。」
つか陸上とか俺には向かないだろ。
「い、いつでも大歓迎してるからな!また来てくれよ上原くん!」
「…大歓迎、か。」
大歓迎なんて言葉、言われたのあの日以来かもな。
「ま、陸上はやらねーけど。…あれは120くらいか。」
名来の視線の先にはブルペンで投球練習をするピッチャーがいた。今投げたストレートの速さを推測する。これは名来の昔からの癖である。
「…帰るか。」
やはり野球を見れば野球がしたくなる。これは誰でも似たような現象を持つだろう。例えば自分は野菜を食べてるけど目の前の人が肉を食えば時たま食べたくなる。これの現象と全く同じだ。
ってことでやって来ましたバッティングセンター。
「ただいま」
って言われても俺んち自体がバッティングセンターだけど。
「…名来か、店に出るのは久しぶりじゃな。」
「うん、爺ちゃん生きてる?」
「どこからどう見ても生きとるじゃろうが!
たく、今日も打つか?」
「うん、メダルくれ。」
「うむ。けど、今回は条件付きでな。」
「はいはい、いいよ。」
条件付きとか爺ちゃんの条件ってどうせ土日店番してくれとかで楽だし別に構わない。
「んで条件は?」
「土日の店番。」
「はい、いいよ。ってことでメダルちょうだい。」
「ほれ、メダル10枚。…打つのは出来るのに投げるのはしんどいのか。」
「うん、仕方ないよ。俺のせいでかんちゃんたちは負けた。…それにあの日から投球練習しようとしたら身体が投げるなって言うように悲鳴をあげるんだ。」
「…名来、寛太やみんなは名来のせいだなんて思っておらん。1人で抱え込むのは良くないぞ、ほれ打ってきな。」
そう言われ名来は10枚のメダルを受け取った。
爺ちゃんはそれから先は何も言わなかった。だから俺も何も言わない、ただ無心に打つだけ。
「くそっ…」
打つのは簡単に打てる。なのにどうして投げれないんだ。
投げれないことをストレスに打ったボールは何度か中央の的に当たりホームランを知らせる音楽が虚しく響いていた。