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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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99.占い師の老婆



 ラシェル・オーベイの持つ対アンドロイド用スタンガンによって、機能を停止したハル。

 彼女の体はラシェルの屋敷、その地下に運び込まれていた。


 アンドロイド『HL-426型』には、高圧電流を流された等の理由で本体が機能停止した状況を想定した自律式のバックアッププログラムが仕込まれていた。

 そのプログラムを実行するパーツは、人間で言うところの脊椎近くの部分に設けられた絶縁体のスペースに収納されている。

 『ブラックボックス』である。


 ハルの体に異常な電流が流された事を感知したブラックボックスは、ハルの再起動リブートに必要なプロセスを段階的に実行してゆく。


 まず始めにボディ全体のチェックを行い、損傷箇所を洗い出す。

 損傷箇所を特定した後、内臓されているナノマシンによる自己修復を行う。


 幸いにして再起動に悪影響を及ぼす程の障害は残っておらず、つつがなく再起動のプロセスは進行してゆく。

 ナノマシンにより電気系統の復旧を確認後、スタンガンの電流によって強制的にシャットダウンされていたCPUを再起動した。

 無事にCPUが立ち上がり、各パーツの同期も問題なく取れた事を確認しハルは再び動き始める。


 目を開き、状況を確認すべく起き上がったハル。

 半身を起こした彼女が見た景色は薄暗い地下室、そして鉄格子であった。

 彼女は立ち上がろうとして、それが不可能だと気づく。


 両の手には頑丈な手枷。

 足にも勿論枷が嵌められており、体の自由は制限されている。


 おまけに胴体部分を鎖でぐるぐる巻きに縛られており、ハルの力ではこれを引きちぎるのは不可能であった。

 がしゃがしゃと音を立ててもがくハル。


「おや、起きたかい? お嬢ちゃん」


 半身を起こしたハルに声が投げかけられる。


 その声の方向を見ると、そこにはハルと同じく枷をつけられた老婆が居た。

 といっても、ハルほど厳重ではなく足枷のみであった。

 その老婆にハルは問いかける。


「……あなたは?」

「私かい? 私はゾエ。占い師をしていたんだけど捕まっちまってね」


 占い師。

 そういえばデボラは見習い占い師という話だったが、このゾエという老婆も関係があるのだろうか。

 疑問に思ったハルはゾエに話しかける。


「もしかして、あなたはデボラさんの……」

「如何にも。デボラは私の可愛い弟子さね。こっそりドンガラの集落に行っては、私はあの子に占いを教えていたんだよ。といっても、占いではもう私を越えているかもしれないがね」


 そう言って老婆は愉快そうに微笑む。


「そうなんですか?」

「うん。それでお嬢ちゃんはラシェルに捕まってここに連れられてきたのかい?」

「はい」

「そうかい……。だったら私はあんたに謝らないといけないね」


 と、神妙な顔つきで述べるゾエ。

 不思議にに思ったハルは問いかけた。


「え? なんでですか?」

「私はね……あんたを攫ったラシェルの祖母さ。孫が世話かけちまったね」

「えっ? ラシェルさんの?」

「そうさね」

「じ、じゃあ、なんであなたも捕らえられてるんですか?」


 ハルの問いに苦い表情をするゾエ。


「聞きたいかい? 異民のお嬢ちゃん……ええと……」

「あっ。申し遅れました。ハルです」

「ハルちゃんか。いい名前だね」

「でしょう!?」


 主であるクルスの命名した名が褒められ喜ぶハル。

 彼女は自分の名が適当に付けられたとは知らない。


「さてと、何から話したもんかね。ハルちゃんはどこまで知ってるんだい?」

「ええと、オーベイ族と他の三部族にはルムンバ族の時代からの遺恨があって、他の部族に軽んじられたくないからオーベイは“呪術”を磨いたと」

「ふむ。他には?」

「あとは、レリアさんのお母さんの代で、何か事件があったって聞きましたけど」


 そういえば、その事件の内容についてはハルは聞いていない。

 ちょうど聞く前にムカバ族の皆に夕食を振舞われたのであった。


 ハルの言葉を受けてゾエは静かに告げる。


「わかった。話してあげよう」

「ええ、お願いします」

「さてと……事件の話の前にまず最初に言っておかなきゃならないのは、昔レリアとデボラはここオーベイの集落に居たってことさね」

「あれ、そうなんですか? レリアさんとデボラさんが元々はオーベイの血筋だってのは聞いてましたけど、オーベイの集落に居たっていうのは知らなかったです」

「何言ってるんだい。あの子らは“元々はオーベイの血筋”どころか族長の直系さね」

「ええっ!」


 予想外の事実にハルは大いに驚いた。

 だが、それだけではなかった。


「そしてあの子らは腹違いの姉妹でもある。尤も、デボラはまだ小っちゃかったから憶えてはいないだろうけどね」


 であるならば、二人はあのラシェルとも関係があるのだろうか。


「え、じゃあラシェルさんとも……?」

「うん、デボラとラシェルは同じ母親から生まれた。ドロテの子だ。そしてレリアは妾……セリアの子だよ」

「……」

「そして、私の息子のマティアスはその妾……セリアの事を深く愛していたようだった」


 ゾエの息子という事は、そのマティアスがラシェル達三人の父親か。


「奥さん……ドロテさんよりも?」

「うん。でもマティアスはセリアを愛するだけではなく、暴力も振るっているようだった」

「えっ、ちょっと待ってください。どういうことですか?」

「身内の恥を言うようで気が進まないどね、マティアスは嗜虐的な性格だったんだよ。だからセリア達はしばしば虐待を受けていた」

「……」


 悲痛な表情を浮かべながら話を続けるゾエ。


「マティアスは誰彼構わず暴力を振るってね。酷いもんだったよ。中でも一番接する機会の多かったセリアがこっぴどく痛めつけられたのさ」

「誰もセリアさんを助けなかったのですか?」

「生憎、当時マティアスを止めるほどの力を持った者は居なかった。だから、ドロテはセリアに頼んだのさ。“私の事はいいから子供たちを連れて逃げて”とね」

「じゃあ、セリアさんが三人の子供を連れて逃げたんですね。成功したんですか?」

「そうさね。ドロテの手引きでセリアは三人の子供達を連れ出す事には成功した。でもラシェルはそれを良しとしなかった。自分たちが逃げたらマティアスの暴力はすべてドロテに飛ぶからね」

「じゃあ……」

「あの子は、ラシェルは帰ってきたんだよ。ここに、自分の意志でね」

「……」

「でも戻ってきた時には母親はもう居なかった」

「え?」

「セリアと子供が逃げて、それに激昂したマティアスにドロテは殺されたんだよ」


 あまりに救いの無い話に思わず怒気を露にするハル。


「……酷いっ!」

「それから、ラシェルにとって地獄の日々が始まった。理不尽な父親の暴力に耐え続けながら、復讐のために《呪術》を磨く日々」

「復讐? じ、じゃあ、ラシェルさんは……」

「ああ、私の孫は見事、親殺しを成し遂げて今じゃ族長様さ」

「……」


 思わず言葉を失ってしまうハル。

 ラシェルと会った時は率直に言って嫌な女だと思っていたが、こんな半生を送れば誰だって性格が歪んでしまうに違いない。


 かける言葉が見つからないハルにゾエが語りかける。


「そして私は、息子を止める事が出来なかった。逃げる事しかできなかった……。今私がここに捕らえられているのは、その罰みたいなもんさね」

「……そうですか。話してくれてありがとうございます、ゾエさん」

「なあに、私も人と話をするのは久しぶりだからね。いい暇つぶしになったよ」


 その時、地下室に誰か降りてくる足音が聞こえた。

 複数の足音だ。


 ラシェルとその配下、さらに手枷を嵌められたデボラだった。

 デボラに向かってハルが呼びかける。


「デボラさん!!」


 そのハルの声で、うつむいていたデボラが顔を上げた。

 ハルとゾエの顔を見ていくらか表情が明るくなる。


「ハルさん、無事だったんですね。良かった……。それにお師匠様も」

「ええ、デボラさんも無事で何よりです」


 そんな二人の会話にラシェルが割り込んでくる。


「あら、ハルさんも起きたのね。良かったわ。あなたのことは色々調べたかったのよ」

「心配してくれてどうもありがとうございます、ラシェルさん。あ、そうだ。背中が痒いのでこの鎖外してくださいよ」


 そう言って鎖をがしゃがしゃと鳴らしてみせるハル。

 それを見たラシェルは面白そうに笑った。


「ふふふ、冗談も言えるのね、人形の分際で。面白いわ」

「…っちっ」


 ラシェルの小言に舌打ちで答えるハル。

 だがラシェルはそれを無視し、デボラに話しかける。


「デボラ、ごめんなさい。せっかくまた会えたのにこんな所に押し込めておくしか出来なくて……」


 心から申し訳無さそうに述べるラシェル。

 言いながらデボラを牢に入れる。

 対してデボラの言葉は辛辣であった。


「慣れ慣れしく話しかけないでください。私はあなたの事なんか知りません」

「そんな悲しい事を言わないで、デボラ。ね? さっきも言ったでしょ? 私が本当の……」

「うるさい! あなたがレリア姉様を害しようとした事は許しません」


 どうやらハルが機能停止していた間に、何かひと悶着あったようである。

 そしてレリアの名を聞いた瞬間、ラシェルが鬼のような形相へと変わる。


「レリアぁ? あの女は裏切り者よ! あいつは……あいつはあの時、お母様を見捨てた! あなたは憶えていないでしょうけどね……」


 その時、ラシェルの配下が彼女に耳打ちをする。

 それを聞いて、にやりと笑うラシェル。

 彼女はハルに告げる。


「ふふふ、ハルさん。“釣れた”わ。あなたの飼い主が。思ったより大事にされてるわね、あなた」

「ふん、あなた如き私のマスターが一捻りですよ。泣いて謝るなら今のうちです」


 ハルの強がりを聞いたラシェルは、おぞましい陰惨な笑みを浮かべて言った。


「口の減らない人形ね。まぁいいわ。あなたのご主人もここに連れてきて会わせてあげる。死体でね」




用語補足


ブラックボックス

 厳重に密閉され、使用者には中身が見えない機械装置などの総称。

 本作ではアンドロイドに搭載され、本文中のハルのように緊急時に動作する。

 緊急時のバックアッププログラム以外にもまだ機能が存在するようである。

 



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 12月9日(土) の予定です。


ご期待ください。




※12月 8日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 4月20日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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