95.手紙
ドンガラ族の治めるマイア島。
ンゴマ族の縄張りであるエレクトラ島。
ムカバ族が取り仕切るターユゲテ島。
オーベイ族のねぐらであるステロペ島。
そして厳しい自然を有し、人を寄せ付けない無人島であるアルキュオネ、ケライノー、メロペーの三つの島。
これらの七つの島が寄り集まって形成されている『プレアデス諸島』。
その中のひとつ、ステロペ島に存在するオーベイ族の集落。
そこには、プレアデス諸島には場違いな屋敷が建っていた。
その屋敷は、未だに藁葺き屋根で暮らしている他の低俗な部族とは違い、『危難の海』の向こうから持ち込まれた技術を用いて建造された。
外観のデザインはマリネリス大陸の『サイドニア』とかいう都の建築様式を採用している。
一方、内装は『ルサールカ人工島』の素材がふんだんに使われている。
その屋敷の中の書斎で一人の女性が読書に耽っている。
歳は二十歳をすこし過ぎたくらいであろうか。
艶のある長い黒髪をサイドアップに纏めていたようだが、髪をいじりながら書物を読んでいるせいで今はすっかり形が崩れてしまっている。
しかしその女性は、もうそれを直すのも億劫なようでサイドアップもどきの髪型のままである。
闇夜をそのまま切り取ったような漆黒のローブをだらしなく着崩したその女性は、退屈そうに書物のページを捲っている。
そんな中、静寂は唐突に破られた。
突如、部屋の扉がノックされ従者の声がした。
「ラシェル様、お手紙をお持ちしました」
ラシェルと呼ばれたその女は気だるげな声で返事する。
「……入れ」
「はっ」
そう言って従者が書斎に入って来た。
彼の服装もまたプレアデスには似つかわしくない。
サイドニアで用いられているという執事服である。
その従者がラシェルに一通の手紙を渡してくる。
ラシェルは興味無さそうな様子でその手紙を受け取る。
ところが手紙の差出人を確認して、表情を一変させる。
「バルトロメウス様からのお手紙じゃないか!! そういう大事な事は早く言いなさい!!」
「も、申し訳ございません」
そしてラシェルがこの世で最も敬愛する存在からの手紙を、全神経を集中させて精読する。
その内容はこうだ。
“親愛なるラシェル・オーベイ
こうして手紙を認めるのも久しい気がするが、そちらは元気かい?
さて、今回は君に一つお願いがあってこうして筆をとっている。
実は今、プレアデス諸島に忌々しき創造主『世界存在』が赴いている。
この世界を不完全な形で想像し、創造した諸悪の根源だ。
こいつが居なければ、今頃この世界には飢えも、魔物も、そして醜い争いも存在しないだろう。
全部こいつが考えた事だ。
そう、君の不幸極まりない生い立ちを考えたのもその『世界存在』だ。
そしてその『世界存在』は現在は一人の人間としてこの世界を徘徊している。
黄色い肌に黒髪の男だ。
名はクルス・ダラハイド。
これは、この腐った世界を変革する又とない好機だ。
君と、君の一族でこの男を亡き者にしてもらいたい。
そしてそれは君達なら充分に可能だと僕は信じている。
だが、注意したまえ。
奴は狡猾だ。
自分が考えた設定を悪用して人望を得、僕を増やしている。
中でも特に注意すべきは、人間に似せて造られた機械人形『HL-426型』だ。
一見、人間にしか見えない程に精巧に造られているが、身体能力では大きく人間を上回っている厄介な存在だ。
くれぐれも油断してはいけないよ。
そして、そいつを排せば自ずと、君達にも勝機が見えてくるはずだ。
きっと厳しい戦いになるだろう。
しかし、どうか忘れないで欲しい。
海向こうの地で、ささやかながら君達の幸運を祈っている者が居ることを。
バルトロメウス”
「ああ、バルトロメウス様……」
恍惚とした様子で手紙を胸に当て、その言葉をかみ締める。
そして書斎を飛び出てラシェルは寝室へと走る。
寝室には彼女が敬愛するバルトロメウスの像があるのだ。
まだ幼さを残す少年の像である。
これはラシェルの想像を元に彫らせたものだ。
その像の前に歩を進めると、ラシェルは両手を合わせて跪いた。
ラシェルはバルトロメウスなる者と直接会った事は無い。
顔も知らない文通友達である。
だが何度か手紙をやり取りする内に、いつしか彼を敬愛・崇拝するようになっていた。
彼は何故だかラシェルの悩みを全て知っているようで、的確な助言をしてくれた。
さらに彼はラシェルに、プレアデスにはないモノや技術も提供してくれた。
今のラシェルがあるのはまさしくバルトロメウスのおかげであった。
その恩に報いる時が来たようだ。
そしてラシェルは手紙の中にあった“敵”の名を胸に刻む。
クルス・ダラハイド。
クソったれの創造主の名だ。
そいつがバルトロメウスの敵なら、当然自分にとっても仇敵だ。
絶対に殺してやる。
オーベイ族の族長ラシェル・オーベイは暗い情念を燻らせた。
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クルス達がエレクトラ島でンゴマ族の集落に食糧を輸送している頃、ハル達はターユゲテ島のムカバ族の集落を目指していた。
シルフとウンディーネと別れてからウモッカの生息する危険な川を数時間下り、夕暮れ時という頃になってムカバ族の集落にたどり着く。
先導するムカバの族長アメリー・ムカバがハル達に告げた。
≪よーし、着いたぜ。 みんな、ご苦労さん!!≫
その言葉に食糧を輸送していたムカバ族の者達から喝采があがる。
彼らを護衛していたハル達もこれで漸く肩の荷が下りるというものだ。
一行が集落に足を踏み入れると、ぞろぞろ人々が集まってきてあっという間に人だかりができる。
彼らはハル達の持ち込んだ保存食を見ると、歓声が巻き起こった。
集落の人々が一族のボスであるアメリー・ムカバに声をかける。
≪族長! 食糧を手に入れられたのですか!≫
≪ああ、待たせて悪かったね。ほら、そこのドンガラの若に礼を言いな≫
アメリーの言葉を受けて、集落の人々はナゼールにあらん限りの感謝の念を伝え始めた。
そんな言葉の洪水をナゼールはちょっと照れながら、それでいて大いに誇らしい表情で受け止めていた。
ハルがその様子を少し離れたところで見守っていると、ナゼールが皆に告げる。
≪ムカバ族の皆、聞いてくれ。今回の食糧輸送に尽力したのはドンガラだけではない。『危難の海』の向こうにある大陸の民にも力を借りた≫
そう言って、ハルとコリンを手招きするナゼール。
ハルはコリンを伴い人だかりに近付く。
歩きながらコリンが聞いてきた。
「ねぇ、ハルさん。ナゼールは何て?」
「私たちの事を皆に紹介してるんですよ」
「ふぅん。ところでさ、前から気になってたんだけど、あいつって偉いの?」
「さぁ、これから偉くなるんじゃないですか? ああ見えて族長の息子ですし」
「へえ」
等と話しながらナゼールに近付くハルとコリン。
その時、集落の民である老人の男性がナゼールに問いかける。
≪ドンガラの若よ。そいつらは本当に信用できるのか? オーベイと繋がりがあるんじゃ……≫
≪おいっ!≫
ナゼールが語気を強めて遮った。
その迫力に押されて黙る老人。
≪……≫
≪ハルさんは俺の恩人の一人だし、コリンは友人だ。彼らの協力無しでは俺はここまで来られなかった。この人たちを侮辱するのはやめてもらおう≫
ナゼールの言葉を受けた老人はハル達に謝罪してきた。
≪……わかった。二人とも、すまない≫
謝られたハルは気さくに返事をする。
≪いえいえ、お気になさらず≫
≪恩人に対する態度では無かった。本当にすまない≫
≪大丈夫ですよー。気にしてませんから。ね? コリンさん?≫
ハルがコリンに同意を求めるがコリンには通じていない。
「? え? 何、ハルさん? わかんないよ僕」
きょとんとするコリンをよそに、アメリーが鶴の一声を放つ。
≪とりあえず、メシの準備してくれよ。今日くらいは豪勢にしよう≫
その声に歓声で答えたムカバの民たちはいそいそと食事の準備にとりかかる。
ハル達はその間、アメリーの家で休ませてもらう事となった。
アメリーの家に招かれたハル達は丸く座を囲む。
疲れ果てた、といった様子でどかっと腰を降ろすナゼール。
そしてもこちらも消耗を隠せないコリン。
レリアとデボラの姉妹も疲労が溜まっているようだ。
特にデボラは既に限界だったようで気を失うように眠ってしまっている。
皆が静かに骨を休めている中、今まで沈黙を貫いていたレリアが申し訳無さそうに口を開く。
「ごめんなさい。ハルさん、コリン君。嫌な思いをさせて」
それを聞いたハルは腑に落ちない様子でレリアに尋ねた。
「なんでレリアさんが謝るんですか? 悪いのはオーベイって一族なんでしょう?」
「それは……」
ハルが問いかけるとレリアは言葉を濁した。
一方、コリンもハルに同調してレリアに質問をした。
「ねぇレリア、いい加減聞かせてよ。オーベイと他の部族の間に何があったのか」
「……わかったわ。話しましょう。あまり気分の良い話ではないけれど」
観念したようにレリアが呟いた。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 11月22日(水) の予定です。
ご期待ください。
※11月21日 後書きに次話更新日を追加 一部文章を追加・修正
※ 4月19日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




