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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第六章 Until The End Of My Life
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92.抜刀術



「ねぇ、おにいちゃん。起きて」


 何者かに体を揺すられる感覚を味わい、骨董屋チェルソ・パニッツィは眠りから覚める。

 チェルソが瞼を開けると、そこにはルチアが居た。


「ん、どうしたんだい? ルチア」

「たいへんだよ、おにいちゃん。不死者アンデッドが出たよ!」

「何だって? 種類は?」

「スケルトン」

「そうか……」


 状況を把握したチェルソは身を起こす。


 チェルソが起きて辺りを見回すと、ポーラが既に目を覚ましていて他のプレアデスの民に状況を説明していた。

 ジルドによって起こされたようだ。

 まず真っ先に通訳もこなせるポーラを起こしたのは良い判断だ。


「起きたか、骨董屋。急いで準備しろ」


 既に起きていたエセルバードが話しかけてくる。

 彼は革鎧を身につけ手に直剣を持っていた。


「ええ」


 チェルソも愛用の仕込み杖を握る。

 とは言えスケルトン相手ならば、仕込んである刀を抜く必要は無さそうだ。

 杖部分で殴る方が効果的だろう。


 その時、辺りを見回したチェルソはクルス達の姿がないことに気づく。


「あれ? そういえばクルス君達は?」

「もう戦っているそうだ。我々も行くぞ」

「わかりました」


 そう言って駆け出そうとするチェルソ達であったが、いつの間にか横に居た筋骨隆々の獣人族ライカンスロープの男性に手で遮られる。

 その男はンゴマ族の族長オサであるヤニック・ンゴマであった。


≪……≫


 ヤニックはチェルソ達を手で制止しながら、目の前の暗がりを指差す。

 するとそれにつられて目を向けたエセルバードが目を凝らしながら言った。


「む? 何か居るようだが……暗くて見えんな……」


 チェルソもそこを見てみる。

 ヒトより感覚器官が優れた“吸血鬼ヴァンパイア”であるチェルソには、その暗がりがはっきりと見通せた。


 そこには人影が何体か蠢いているが、その動きは人間のものではない。

 のそのそとゆっくり歩いてはいるが、頭部を小刻みに動かしておりそれが何とも不気味である。



≪■■■……≫


 ヤニックが呟いた。

 “ぐーる”と言ったようだ。

 スケルトンとは違い、マリネリス大陸では見た事の無い不死者である。


 グールという単語を聞きつけたポーラが走り寄ってくる。


≪ヤニック■■!! グール■■■■■■■!?≫

≪■■、■■■■≫


 そう言って前方の暗がりを指差すヤニック。

 どうやらネコ科の獣人族ライカンスロープである彼らにもあの暗がりは見えているらしい。


 その時、チェルソの耳が何かの音を捉えた。

 その音は野営地を取り囲むように響いている。


 何だろう、まるで何か固い物同士がぶつかる乾いた音だ。

 段々と近付いてくる、こつん、こつんという音……。


 そこでチェルソは気づく。

 これは複数のスケルトンが歩く音だ。


 その乾いた音に混じって、グールのものと思しき複数の足音も聞こえてきた。

 もうあまり時間も無さそうだ。


 チェルソはポーラに尋ねる。


「ポーラちゃん。そのグールとやらはどんな存在なんだい? 手短に教えてくれ」

「あっはい。グールは死体が変じた不死者で、腐肉を好んで食い散らかします。そしてスケルトンと違って動きがとても早くて獰猛です。でも、その代わり体が脆いので剣とかで斬るのが有効なんじゃないかと……」


 という事はスケルトンとは違い、斬撃が有効だという事だ。

 今回は打撃勝負かと思っていたが、久々に刀を抜く機会がやってきた。


「なるほど、ありがとう」


 ポーラに礼を言うと、腰に差していた仕込み杖を構えるチェルソ。

 杖の柄を順手ではなく逆手で握る独特な構えだ。


 ヤニックは二、三度軽く跳び手首をぐるぐると回し、体をほぐしている。

 どうやらヤニックはその鍛え抜かれた大柄な体そのものが武器のようである。


 臨戦態勢に入る二人を見て、エセルバードも状況を察し鞘から剣を抜いた。

 そしてポーラに告げる。


「ヤニック殿に伝えてくれ。スケルトンは任せる、と」

「はい。私も《祈祷》で支援します」

「うむ、頼むぞ。それと非戦闘員を焚き火のところに集めるのだ。不死者は火を恐れるものが多い。多少の時間稼ぎにはなるだろう」

「は、はい。あの……クルスさん達への増援は?」

「出したいのは山々だが、生憎こちらも既に囲まれているようだ。余裕が無い」

「……」

「だが、奴らも一流の冒険者であるのは確かだ。こんな所でくたばるようなタマではあるまい。信じるのだ」

「……そ、そうですよねっ!」

「さぁ、皆に今の話を伝えてくれ」

「はいっ!!」


 指示を受けたポーラが慌ててプレアデスの民たちに声をかける。

 その様子を確認したエセルバードが高らかに宣言した。


「よし、敵を焚き火に近づけるな! 我々で守り抜くぞ!」


 そしてチェルソ、エセルバード、ヤニックの三名は散開して、焚き火を中心とした三角形を形成する。

 どこから敵が来ても対応可能にする為だ。


 その時、耳をピンと伸ばしてポーラが叫ぶ。


「来ました!! 敵の先鋒はグールです!!」


 ポーラは優れた聴力で敵の足音を聴き分け、敵がグールだと特定したようだ。

 それを聞いた護衛の三人は身を低くして敵の襲撃に備える。


 次の瞬間、チェルソの前の暗がりからグールが一体飛び掛ってきた。

 青白く変色した肌と、異常に発達した両の手の大きな爪がチェルソの目を引く。

 そして何より、元は人間の死体だったとは思えない俊敏な動きである。

 

 だが、チェルソはそれに反応し仕込み杖を抜く。

 目にも止まらぬスピードで鞘から抜かれた刀がグールの体を真っ二つに切り裂いた。


 体が完全に分断されたグールは地に転がりのたうち回っている。

 その頭部に刀を突き刺すとグールの動きは完全に停止した。


 それを確認した後、刀を振って血を払うとチェルソは再び刀身を鞘に収める。

 チェルソは居合いと呼ばれる抜刀術の使い手であった。


 元々は自衛用として“刀を鞘に納めた状態からのスムーズな攻撃”を模索していたチェルソが、修練の末にたどり着いた技術であった。

 やがて鞘の中で刀身を走らせるようにして剣速を上げる“鞘走り”も習得したチェルソは、どんどん居合いを自分用に洗練させてゆく。

 仕込み杖の柄を順手ではなく逆手で持つのも、狭い場所で刀を抜き易くするための工夫である。


 続く二体目、三体目のグールも一刀の元に斬り捨てたチェルソは他の二人の様子を伺う。


 エセルバードは直剣を用いた堅実な戦い方でグールの数を着実に減らしている。

 城務めの近衛である彼の本職は槍術なのだそうだが、密林深きプレアデス諸島の内情を聞いた結果、かさばらない直剣を持ってきたらしい。


 対するヤニックの戦い振りはまさに獣のような苛烈さであった。

 恵まれた体格から繰り出される体術で、文字通りグールを一蹴している。

 単純な筋力ではひょっとしたらレジーナやハルも大きく上回っているかも知れない。


 そうして三名の手練れがグールの数を減らしたところで、動きが緩慢なスケルトンたちが姿を見せ始める。

 骨たちは生前に使用していたと思しき手斧やマチェットなどで武装していた。

 見たところスケルトンの数は中々に多く、グール戦とは違って苦戦が予想される。


 少なく見積もっても十体以上はいるだろうか。

 仕込み杖を諸手で握り締め、目の前の骨の集団を見据えるチェルソ。



 その時、不意にスケルトンの包囲網の一角が派手に崩される。

 何体かのスケルトンが大剣によって、纏めて吹き飛ばされた。


 レジーナだ。

 そしてその後ろからクルスとフィオレンティーナも続いてくる。


 仲間の無事を確認し、安堵するチェルソ。

 そんな中、レジーナの叫び声が辺りに響いた。


「おい! お前ら、無事か!!」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 11月11日(土) の予定です。


ご期待ください。




※11月 6日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月18日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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