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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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9.ギャンブラー



「それでは、これよりダラハイド農場拳闘会を執り行う!!」


 厳かに、それでいて毅然とした様子で男爵が開会を宣言する。

 それに対して観客達は、


「ウオオォーーーー!!」


 という歓声で答える。

 凄い盛り上がりだ。


 聞くところによると元々このイベントは娯楽の少ないバーラムの町の人々が考え付いたもので、この農場は会場を提供することで幾ばくかの利益を得ているらしい。

 当然、農場の者だけでは無く町の物も出場できるし観戦にも訪れる。


 また勝敗予想の賭博も行われており、マクニールの所でしばらく重労働をしていたとはいえまだまだ細身といえる来栖はオッズ的には大穴枠であり、浪漫を求めるごく一部の観客から熱視線を浴びていた。


 出場者は八人なので一回戦は四試合。

 くじ引きで組み合わせが決まり、来栖の試合は一回戦第四試合だ。


 相手はアランとかいうバーラムの町の鍛冶屋の倅である。

 筋骨隆々としており上背でも負けている。

 体格的には圧倒的に不利だった。


 その時拳闘会が始まった。

 まず一回戦第一試合だ。


 来栖はそれをじっと観察する。

 この『ナイツオブサイドニア』の世界において肉弾戦闘とは、ほとんどの場合武器を用いた戦闘である。

 そのため徒手格闘の技術がそこまで発展しているという設定はしていなかった。


 案の定、技術的には大したことはしていない。

 ただ力任せに殴り合っているだけである。


 相手の攻撃をものともせずただ自分が殴ることしか考えてないような動き。

 ボクシングの防御技術が洗練される前、ベアナックルボクシングと呼ばれていた頃はこんな光景だったのだろうか。


 しかし拳闘会という興行名に反して蹴りや組技、締め技も一応認められているらしい。

 だが殴ったほうが手っ取り早いので使う人間はほぼ居ないそうだ。


 これは来栖にとっては有利な要素であるといえる。

 来栖は高校時代はMMA(総合格闘技)オタクであった。

 格闘技の興行が放映される度に録画し、翌日には学校の級友達とMMA談義に華を咲かせたものである。


 MMAの最先端が日本からアメリカに移ってからはすっかり疎遠になってしまったが、それでも当時の選手の技術を映像で見ていたのは大きなアドバンテージになるだろう。


 それを生かせるフィジカルがあるかどうかはまた別問題であるが。



 一回戦第一試合は一言で言うと“ただのおっさんの殴り合い”とでもいうべき技術的に未成熟な試合だった。

 しかしながら選手の体格が大きいので、来栖にとっては脅威であることに変わりはない。


 そして次の試合が始まる。

 第二試合はダリルの試合だ。

 周りの観客の評価を聞く限りダリルは幾度か優勝経験があり、今回も優勝候補筆頭のようだった。


 しかし他の力自慢達と比べるとダリルは技量でもって戦うタイプである。

故に力で劣る相手に組み技で抑えられてそのまま負けてしまうこともあるなど、決して磐石でもないようだ。


 今回はどう転ぶか。



 結果は一撃だった。

 ずかずか歩いて距離を詰めてきた相手の大振りに対して、カウンターの右フック一閃の秒殺KO。

 それを見た来栖は思わず声を漏らす。


「やばいな……」


 あれは技術を積み上げ、今なお発展を続けている現代MMAでも通用する一発ではないだろうか。

 そう考えると自分の知識がちっぽけに思えてきた。

 来栖がひとり危機感を抱いているとダリルが近付いてきた。


「どうよ! 俺の華麗な一発!」

「凄いなダリルは。流石旦那様の護衛だよ」

「ふふん、そうだろう。で、お前の試合は次の次か。楽しみだねぇ」


 などとこちらに期待を寄せてくるダリル。

 対して来栖は余計な期待を煽らないように謙遜した。


「そんなに期待しないでおくれよ。俺は体格的に不利っぽいからな」


 そして目の前では第三試合が行われている。

 この試合は先ほどまでの純粋な打撃戦とは異なり、組み技の技術が見られた。


 一人の選手が相手を強引に押し倒してマウントを取り、そのまま強烈なパウンドを数発浴びせたところで、下になった選手がタップした。


「あれ、タップあるんだ」


 思わず感心する来栖。

 ただの不死身比べかと思いきや、意外に文明的である。

 結果を受けてダリルが唸る。


「ほーう、ランドルフが勝ったか。俺、前にあいつに負けたんだよな……。っと、おいクルス! 次はお前の番だぜ」

「……せいぜい頑張るさ」


 諦めたように来栖は言った。







---------------------------







「おい、ダリル」


 来栖が試合に向かったと同時に、男爵がダリルに近寄ってきた。


「なんだよ、旦那」

「あいつは、クルスは勝つと思うか?」

「さぁねぇ。まぁでも昨日自分から出場を希望したんだから、何かの秘策はあるかもな」


 それが来栖の盛大な勘違いだったとは、彼らは知らない。


「うぅむ。そうか……」

「お? さては旦那、この試合クルスに賭けたか?」

「うむ、オッズ的に張らざるを得まい」

「お、始まるぜ」


 開始早々突っ込んできた対戦相手アランに対して来栖はバックステップで距離を取る。

 アランのストレートを右にかわすと、その隙にローキックを叩き込んだ。

 さらにアランが振り回す上段のフックをダッキングで潜り、もう一発右ロー。


 その試合展開を見た男爵がじっれたそうに呟く。


「む。クルスの奴、足なんか蹴ってどうするつもりだ」

「何か考えがあるんだろ」


 尚も距離を詰めてパンチを浴びせようとするアランに対し前蹴りで強引に距離を離した来栖は、先ほどと同じ箇所にローキックを叩き込む。

 バチンという乾いた音が響く。


 思わず顔を歪めたアランの足が止まる。

 そこに来栖の左ジャブからの右ロー。

 キックボクシングでよく用いられる《対角線コンビネーション》という対処が難しいとされる連携だ。


 さらにもう一発ローキック……のフェイントを入れ、今度は右ストレートを見舞う来栖。

 ローキックフェイントからのストレート《スーパンマン・パンチ》という俗称で呼ばれる技術であり、フィニッシュブローとなることも珍しくない優秀な技である。


 同じ箇所にローを何発も浴び完全に意識が下に向いたアランは、このストレートをモロに被弾した。

 ぐらついた所に来栖の左フックの追い討ちが刺さり、もんどりうってアランは倒れた。


 今までの泥臭い試合とは一線を画す、鮮やかなKO勝利に観客も沸いている。

 ダリルの横でダラハイド男爵が大声をあげた。


「おおおおおおおおおおお! なんだ、クルスの奴め。退屈な試合をしてると思いきや、いきなり倒しおって!!」


 と、興奮した様子で語る男爵。

 一方のダリルは思わぬ好敵手の到来に舌なめずりをしていた。







----------------------------







 ふう、何とか勝てた。


 試合が終わって来栖は安堵する。

 大柄なアランのプレッシャーに負けず、作戦を完遂した自分を褒めてやりたい。


 先ほどの試合で自分が蹴ったローキックのダメージはもちろん蹴った側にもあるので、ベルナール神官に治してもらった。



 次は準決勝。

 ダリルの試合だ。


 一息ついた来栖に、男爵が話しかけてくる。


「クルス、でかしたぞ! お前のおかげで大勝だぞ!」


 どうやら彼は自分に賭けていたらしい。


「旦那様のご期待に添えられて何よりです。次の試合はどちらに?」

「うむ。ここは手堅くダリルだな」


 前の試合では高配当の来栖に賭け、今度は堅実に優勝候補ダリルに賭けたようだ。

 この男爵、中々のギャンブラーである。


 その時試合が始まる。


「あ、始まりますよ」


 先の試合では、来栖以上に鮮やかな秒殺勝利を飾ったダリルだったが、準決勝ではかなりの苦戦を強いられた。

 先ほどのカウンター狙いとは打って変わって積極的に仕掛けるダリル。

 だが体格差から致命打はなかなか生まれず、逆に相手の左ボディを被弾。


 思わず後ずさったダリルを追撃しようとした相手選手のアゴを渾身の左アッパーで迎撃し、根性の逆転KO勝利。


 勝利後に腹を抱えてうずくまっている様子を見る限り、あのアッパーが当たってなかったら危なかっただろう。

 優勝候補の意地を見せたKO勝利であった。




 さて、次は自分の番だ。

 来栖は己に喝を入れた。






-------------------







「まったく。ヒヤヒヤさせおって。危うくスりそうになったではないか」


 薄氷を踏む思いで激戦を制したダリルに男爵が話しかけてきた。


「うっせぇーな。最終的に勝ったからいいんだよ。で、次はどっちに張ったんだ? クルス? ランドルフ?」

「……クルスだ」


 どうやらこの男爵、来栖の持つ高配当のオッズにまたもや逆らえなかったらしい。

 先の試合の結果を受けて多少倍率は下がったが依然として魅力的な数字である。


 先ほどは蹴りをふんだんに使い相手を幻惑して勝利した来栖。

 対するは強引な組み技とパウンドで相手を粉砕したランドルフである。


 にらみ合う両者の間に入った審判役が手を振り下ろす。

 試合開始だ。


 一回戦同様、試合開始と同時にタックルで来栖を倒そうとするランドルフ。

 しかし、それを読んでいた来栖は腰を引いてディフェンスした。

 この方法はタックルによるテイクダウン対策の基本だ。


 しかし体重差と勢いに押され、倒されそうになってしまう来栖。


「む、いかんぞ! 倒されてしまう!」


 自分が賭けている選手の心配をするギャンブラーが叫ぶ。


 テイクダウンを防げそうにないと悟った来栖は一瞬で方針転換した。

 突っ込んできた相手の首に腕を回し、しっかりとクラッチして固定すると逆に自分から後ろに倒れこむ。


 そして倒れこむと同時に自分の腹で相手の頭を前に押し、足で相手の胴体をロックする。

 頚動脈を絞め上げる《フロントチョーク》の完成だ。


「何だ? 奴め、自分から倒れおって! やる気あるのかあいつはっ!」


 激怒するギャンブラー。

 一方、隣で観戦するダリルは冷静だった。


「いや、旦那よく見ろ。あれ首絞まってるぜ」

「何ぃ!?」


 これ以上ないくらいに、しっかりと極まった来栖のフロントチョーク。

 まんまとそれに嵌ったランドルフは何とか外そうともがいていたが、やがて力なくタップした。


 これには観客達もどよめく。


「え? 何? 今のどうなったの?」

「あんな体勢からの絞め技なんて見たこと無いぞ!」

「信じられねぇ。あの異民ランドルフに勝ちやがった…」


 一方のダラハイド男爵はいつの間にか勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「ふっ、また勝ってしまった……」


 先ほどの狂態はどこへやら、ご満悦なギャンブラー。


「……」


 対してダリルは既に精神集中を図っていた。


 かくして決勝進出者が出揃う。

 優勝候補大本命・ダリルと今回初出場のダークホース・来栖だ。



用語補足


MMA

 Mixed Martial Artsの略称。

 総合格闘技の事を指す。

 かつてはヴァーリトゥードとも呼ばれていたが、こちらはポルトガル語で“何でもあり”の意。


パウンド

 グラウンド状態の相手に向けて打つパンチの事をこう呼ぶ。

 スタンド状態と違って、食らった側が後ろに衝撃を逃がすスペースが無い為、より“効く”とされる。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月17日(月) の予定です。


ご期待ください。


※ 4月16日  地の文の行間と、あとがきの誤字を修正

※ 8月 8日  レイアウト・用語補足を修正

※ 3月18日  一部文章を修正

※ 2月15日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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