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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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85.下種な笑み




「ふう……、明日から忙しくなりそうだな……」


 集落の広場へ戻ってきたクルスが独り言を呟く。


 ハルとの試合の後、ナゼールの父・オレールに呼び出しをされたクルス。

 そこで、サイドニア側の代表であるエセルバードと、プレアデス三部族の族長オサ達によって簡単な会合が開かれたのだった。


 その内容は翌日以降の予定であった。


 目下の最優先事項は、船で運んできた食糧をそれぞれの集落へと輸送することであった。

 ところが長らく飢饉に見舞われていたプレアデス諸島は、現在治安が良くないらしい。


 そこでクルス達マリネリス大陸の面々にも輸送の護衛をして欲しい、という事であった。

 とりあえず、細かい話は明日の早朝に詰めるという事で落ち着いた。


 その事をマリネリスの面々に触れて回るクルス。


 大体のメンツには伝え終えて、残るはフィオレンティーナとハルのみである。

 ところが、クルスがいくら探してもその二人が見つからない。

 一体どこに行ってしまったのだろうか。


 クルスがきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていると、チェルソが話かけてきた。


「クルス君、どうしたんだい? 誰か探してるのかい?」

「ああ、フィオとハルを見なかったか?」

「ううん、僕は見てないな。ルチア、ジルド、二人を見たかい?」


 そう言って傍らの子供達へと尋ねるチェルソ。

 その問いにルチアは首を横に振る。


「わたしは見てないよ」


 一方のジルドは集落の外れの方を指差す。


「ぼく、見たよ。二人とも、あっちに向かって歩いて行ったよ。案内してあげる。着いて来て」


 そう言って駆け出すジルド。

 クルスはそんなジルドに着いて行く。


 どうやら二人は集落の外れの方に向かったようであるが、一体どういう用件なのだろうか。


 ジルドの後を走りながらクルスが思案していると、ジルドが不意に立ち止まる。

 そして人差し指を口元に当てた。


「シーッ! クルスさん、静かにして」


 不審に思ったクルスが囁き声で問いかける。


「どうした?」

「いいから、静かに」


 そう言って、突如魔術の詠唱を開始するジルド。

 施術者の立てる音を極小にする魔術《音消し》だ。


 そう言えば、吸血鬼ヴァンパイアの眷属であるルチアとジルドはチェルソと同種の魔術を使えるのであった。

 クルスは自らの考えた設定を思い出す。

 しかし、何故このタイミングで使用したのだろうか。


 人差し指を口元に当てたままジルドがゆっくりと進む。

 クルスは黙ってその後を着いて行った。


 ある程度進んだ所で女性の会話がかすかに聞こえてくる。

 ハルとフィオレンティーナだ。


 隠れるのに丁度良い木陰を見つけたジルドが、クルスに手招きをする。

 クルスがその木陰に隠れながらジルドを見ると、彼は子供の外見には似つかわしくない下種な笑みを浮かべていた。


 その顔を見たクルスは、ようやく事態を察した。

 おそらくハルとフィオレンティーナは何やら密談をしていたのだ。


 そして耳の良いジルドはその会話を聞きつけて、こんな下卑た笑いを浮かべているのだ。

 道義的には褒められた事ではないが、クルスも二人の会話は気になるので聞き耳を立てる。


 次の瞬間、フィオレンティーナの衝撃的な発言がクルスの耳に届いた。






---------------------------





「ハルさんは、クルスさんにいつ告白するんですか?」


 突然のフィオレンティーナの問いに、思考がフリーズしかけるハル。


「え、な、な、何ですか。突然」

「何って、ちょっと気になっただけですよ。で? どうなんですか?」

「“どう”と言われても……」


 ハルとて主であるクルスの事は敬愛しているが、告白などという事は全く考えていなかった。

 時折冗談っぽくクルスに好意を示す事はあったが、彼が機械であるハルに本気で恋愛感情を抱くとは思えなかったのだ。


 煮え切らないハルの様子を見て取ったフィオレンティーナは次の一撃を放ってくる。


「ひょっとして、クルスさんの事はそんなに好きではないんですか?」

「いえ!! 決してそんな事はありません。マスターの事は大好きですし、尊敬もしています」

「じゃあ、何で告白しようとしないんですか?」

「え、ええと……」


 ハルが答えに詰まると、フィオレンティーナが真っ直ぐこちらを見据えながらハルに顔を近づけてくる。

 いつの間にかフィオレンティーナは途轍もなく真剣な表情に変わっている。

 そして一つ大きく息を吸い込むとハルに告げた。


「じゃあ、私が先に言ってもいいですか?」

「え? い、言うって……まさか」

「そのまさかですよ。“好きです”って言っちゃいます」


 なんということだ。


 フィオレンティーナの意図を理解した瞬間、ハルの思考に強烈な負荷がかかる。

 その負荷の正体は論理矛盾であった。


 ハルとしてはフィオレンティーナとクルスがくっつくのは非常に嫌なのだが、かといって人間のクルスと機械の自分では不釣合いも甚だしい。

 むしろ人間のクルスにとっては、つがいになれないハルなんかよりフィオレンティーナとくっついた方が良いのだろう。


 それに他の人間の女ならともかく、フィオレンティーナという女性の魅力はハルも認めている。

 彼女になら我が主を任せても良いかもしれない。


 いや、でも、やっぱり嫌だ。

 そんなどうどう巡りの答えの出ない思考は、フィオレンティーナの問いで中断される。


「で、どうですか? ハルさん。私はあなたを出し抜くなんて事はしたくないです。ハルさんとの関係も大事にしたいですから。でも、あなたがはっきり態度を決めてくれないと……」

「う、うん……。そ、そうですね……。ええと……マスターの意志をそ、尊重します……」


 声が裏返りながらもなんとか言葉を搾り出したハル。

 そんなハルを諭すようにフィオレンティーナが言う。


「ハルさん、もっと“自分”を持ってください。あなたは何でもクルスさんに依存し過ぎです。いま私はクルスさんではなく、ハルさんご自身の意見が知りたいんです」

「……」


 ハルが答えに窮していると不意にぱきん、という音が響く。

 誰かが落ちている木の枝を踏んだ音だ。

 即座に戦闘態勢をとるハル。


「そこにいるのは誰ですかっ!!」


 闇に向かって誰何すいかすると、木陰から二人の人影が現れた。

 一人は成人男性で、もう一人は子供だ。


 ハルは視覚を《暗視ナイトビジョン》に切り替える。

 すると、その二人の正体がわかった。

 思わず叫んでしまうハル。


「あれ、マスター!? とジルド君」


 それに驚くフィオレンティーナ。


「ええっ?」


 一方、クルスはバツが悪そうに頭を掻きながら近付いてきた。


「いやぁ、済まない。盗み聞きする気はなかったんだが、出て行くタイミングが掴めなくてな……」


 そんなクルスにハルが詰め寄る。


「どこからですか?」

「え……」

「どこから聞いてたんですか、マスター?」

「ええと、だな……」


 なかなか答えたがらないクルスの代わりにニコニコ顔のジルド少年が答える。


「“ハルさんは、クルスさんにいつ告白するんですか?”のあたりから」


 それを聞いた瞬間、恥ずかしさが爆発してフィオレンティーナがしゃがみ込む。


「はああああぁぁ……」


 どうやら恋バナのほとんどを当人に聞かれてしまったようである。


 ほとほと困り果てた様子のクルス。

 そんな彼にハルは話しかける。


「聞いておられたなら、むしろ都合が良いですよ。マスター」

「あ?」

「マスターはどう思ってるんですか? フィオさんの事」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月9日(月) の予定です。


ご期待ください。



※10月 8日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月16日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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