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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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83.忍者の技



 マイア島のドンガラ族集落にて。

 慰霊の宴で催されている“腕試し”。


 プレアデスの呪術師シャーマン・レリアはそれをのんびりと観戦していた。

 傍らには妹のデボラ、そしてマリネリスから来たフィオレンティーナが居る。

 三人でぽつぽつと言葉を交わしながら、時にレリアが訳しつつの穏やかなひと時。


 そんな中、暫くは談笑しながら静かに観戦していたフィオレンティーナであったが、クルスの試合になってからは様子が一変した。

 右手の拳を握りながら固唾を飲んで試合を見守っている。


 やはり、気になる男が闘っている姿というのはどうしても興味をそそられてしまうものなのだろうか。

 しかも相手はその男と親しい女ハルである。


「今のクルスさん、凄かったですねッ!! ねっ! レリアさん、デボラさん!」


 興奮した様子でフィオレンティーナが話しかけてくる。

 先ほどのレジーナとハルの一戦も凄まじい試合であったが、今回のクルスとハルの対決も目が離せない好カードである。


 試合はクルスの果敢な攻めによりハルが場外になったところだ。

 クルスはあと二回の場外で勝利となる。


 レリアは“腕試し”をそこまで真剣に観戦した事は無いが、そんな彼女にもクルスの狙いはすぐにわかった。

 

 先の試合を見てもわかる通り、相手のハルは尋常じゃない打たれ強さを有している。

 そんな彼女に打撃戦を挑むのは危険過ぎる。


 当然、クルスはこのまま場外勝ちを狙うだろう。

 レリアがそう分析していると、フィオレンティーナが立ち上がる。


「すみません、もうちょっと近くで見たくなりました」


 居ても立ってもいられないといった様子のフィオレンティーナ。

 それを見たレリアが提案する。


「そう、じゃあもっと近いところに行きましょう。≪デボラ、移動するわ。ついて来て≫」

≪はい。姉様≫


 そうして三人が移動すると向こうからこちらを呼ぶ声が聞こえる。

 ポーラだ。

 傍らにはナゼールとコリン少年、更につい先ほどまで試合をしていたレジーナも居た。


「レリアー!! こっちこっち」


 その声を聞いて安心するレリア。

 ポーラとナゼールは、レリアとデボラの姉妹を疎ましい目で見ない稀有な人物である。



 正直、レリアとデボラはあまりこの集落に馴染めていない。

 オーベイの血云々もあるが、他にも決定的な要因がある。

 それは見習いの占い師である妹デボラが、ナゼールの母の死期を占いで完璧に当ててしまった事だろう。

 以来、二人は集落の人間達からは白い目で見られている。


 そんな事も有り集落で孤立しがちだった姉妹であったが、ある日レリアは族長オサオレールからナゼールと共に航海へ赴くよう命ぜられる。 

 旅に出た当初こそ険悪な雰囲気であったレリアとナゼール達であったが、航海とマリネリス大陸での結束を経た今ではかけがえの無い仲間だ。


 そんな仲間の傍にレリア達三人は腰を降ろした。


「あら、ポーラ。みんなで楽しそうね」

「うん、レジーナさんと若様が解説してくれてるよ」


 その時、場外に出た為中断していたクルスとハルの試合が再開した。

 すぐに食い入るような視線を向ける一同。



 再開と同時にまたもダッシュで距離を詰めるハル。

 左右のフックを連打しながら前進する。


 クルスはその攻撃をブロックするが、よろめいてしまう。

 ガードの上からでも効いてしまったのだろうか。


 レリアがそう考えていると、レジーナが鋭く一言。


「今のは、“フリ”だな」

「フリ?」

「ああ、効いたフリをしてる」


 よろけたクルスを場外に押し出すべく、ハルが手を伸ばす。

 しかしクルスはその手を掴むと自ら後ろに倒れこみ、その勢いを利用してハルを蹴り上げながら後方に投げ飛ばした。

 《巴投げ》だ。


 宙を舞い、投げ飛ばされたハルは再び場外に出てしまった。


 これでハルの場外は二回目。

 いよいよ後が無くなった。



「クルスさん、凄いですッ!!!」


 フィオレンティーナがぴょんぴょんと飛び跳ねて狂喜乱舞している。


「フィオさん、落ち着いて。まだ勝負はついてないですよ」


 ポーラが宥めるとフィオレンティーナは落ち着きを取り戻す。


「ご、ごめんなさい。興奮してしまって……」


 そう言いながら顔を赤くして座り込むフィオレンティーナ。

 普段物腰の柔らかな彼女がこんなに興奮するのも珍しい。


 それを横目にナゼールがレジーナに話しかける。


「それにしても、クルスさんが効いた“フリ”したってよくわかったな」

「あ? そりゃクルスは場外狙いだろうからな。ハルに突っ込ませた方が楽に狙えるだろ」

「なるほどな。……っと、見てみろよ。ハルさんのあんな顔は初めて見るぜ」


 ナゼールに促されて見てみると、まるでこの世の終わりのような表情のハルがそこにいた。

 おそらくハルは、自分の主であるクルスに実力を見せ付ける為に勝負を持ちかけたのだろうが、蓋を明けてみればこの有様だ。


「あの顔はやべえな……」


 静かに呟くレジーナ。

 その言葉にナゼールが食いつく。


「だろ? ハルさんがあんな様子じゃ、このままクルスさんがあっさり勝ちそうだな」

「いや、そうじゃねぇ。ハルはきっと、ここからは死に物狂いになるぜ。あいつはクルスに認められたくて仕方がねえんだからな」


 

 円の中で三度向かい合うクルスとハル。

 クルスは相変わらず無表情だがハルは余裕の無い……否、鬼気迫る表情でじっと前を見据えている。

 今回、先に動いたのはクルスであった。


 クルスは一気に距離を詰めると、いきなり後ろ回し蹴りを放つ。

 それをまともに喰らいバランスを崩すハル。


 更に前蹴りを放ち一気に場外を狙うクルスであったが、ハルはその鋭い前蹴りを横にかわす。

 そして左のショートフックを一閃。

 その鋭い一撃はクルスのアゴを的確に捉えていた。


 アゴにもらった一発で脳を揺らされ、崩れ落ちるクルス。

 しかしまだ辛うじて意識はあるようだ。

 仰向けに倒れながらも、ハルが飛び込めないように足を使ってディフェンスしている。


 一方のハルはクルスの片足を手でどかしながら、クルスのボディを踏みつけた。

 かなりの痛みがあったのか顔を歪め、一瞬クルスの動きが止まる。


 その一瞬を活かしパスガードをするハル。

 どさくさ紛れにサイドポジションを奪う事に成功した。


「うおおおおおおおお!!!」


 逆転の予感に観客が盛り上がる。

 それとは対象的に悲鳴を上げるフィオレンティーナ。


「きゃあああああクルスさあああん!!!」



 サイドをとったハルがクルスの顔めがけてパウンドを放つ。

 レジーナのようなフルスイングのパンチではなく、コンパクトな動作の洗練された打撃だ。


 その打撃がクルスの顔面を幾度も捉えている。

 レジーナ曰く“骨が硬い”拳で何度も殴られ、みるみるうちに赤くはれ上がるクルスの顔面。


 絶体絶命のクルスであったが、彼はまだ勝負を投げてはいなかった。

 仰向けの体勢のまま腰を折って両足を上げるクルス。

 そして上げた両足でハルの左腕を挟みこんだ。


 不利な下のポジションから一気に逆転を狙えるテクニック《TKシザース》だ。


 そのまま《腕ひしぎ十字固め》を狙うクルスだったが、それに反応したハルは腕を伸ばされないようにクラッチしつつクルスの体を地面に押し付ける。

 体勢を潰されて《腕ひしぎ十字固め》が不可能になったクルスはラバーガードに移行した。


 奇しくも先の試合でハルがレジーナに《フットチョーク》を極めた時と同型である。

 そしてクルスはまるでその再現と言わんばかりに、自分の左足を引き寄せる。


「えっ、これってさっきと同じ体勢じゃないかしら」


 そうレリアが言うとナゼールが同意してくる。


「ああ、また足で首絞める技を狙ってるんだろうな」


 だが、レジーナとコリンはその意見に否定的だった。


「あのクルスがそんな分かりやすい事するとは思えないなぁ。 レジーナ、どう思う?」

「気が合うな、コリン。あたしも同じ考えだ。あのひねくれた野郎がそのまま仕掛けるわけがねえ。絶対に裏をかいてくる」


 そんな話をしているとフィオレンティーナが何かに気づいた。


「見てください。ハルさんはクルスさんの腕に自分の首を押し付けてます。あれでは足を喉元に押し付けられません」


 見ると確かにクルスの右腕にハルが首を押し付けている。

 《フットチョーク》を警戒した彼女は自分の喉元のスペースを空けないようにする為、クルスの腕に自分の首筋を押し付ける。


 その瞬間だった。


 クルスは左足を引き寄せるのを止めて、上体を起こす。

 そしてハルが喉元を押し付けたクルスの右腕と、空いている左腕でハルの頭を挟み込むようにロックした。

 ネックロック系の変形チョーク、その名も《ニンジャチョーク》である。


 技が極まったハルは一秒ほどの間、微動だにしなかった。

 まるで自分が技をかけられていることに気付いていないようだった。


 しかしすぐに思い出したように苦しみ出し、やがて諦めたようにタップした。


「おおおおおおおおお!」


 流れるような動作の華麗な絞め技に観客は歓声をあげる。


 レリアが円の中に目を向けると、丁度クルスが起き上がったところだった。

 勝者である彼の顔はハルに殴られてアザができている。


 一方のハルの顔は傷ひとつ無く綺麗なままであったが、負けたショックのせいか立ち上がれていない。

 この状況を信じられないような表情で目を見開いている。


「クルスさん……良かった……」


 レリアの隣から聞こえたその声はフィオレンティーナのものだった。

 目を潤ませた彼女は胸の前で両手を組み祈るような仕草をしていた。


 どうやら本気でクルスの身を案じていたようだ。

 その時、傍らで黙って観戦していたデボラが話しかけてくる。


≪あの、姉様≫

≪あ、ごめんねデボラ。あまり話しかけてやれなくて。退屈だった?≫

≪ううん、大丈夫。それより一つ聞いていい?≫

≪うん、何かしら?≫

≪フィオさんって、あのクルスって人の事を……≫

≪ええ、好きらしいわ≫

≪そう……≫


 そう言って顔を伏せるデボラ。

 心配になったレリアが尋ねる。


≪デボラ、どうしたの?≫

≪姉様、これは絶対にフィオさんには訳さないでね≫


 深刻な顔でデボラが前置きをする。


≪う、うん。わかった、訳さないわ≫


 そう言いつつフィオレンティーナの方を盗み見るレリア。

 フィオレンティーナはクルスの姿に釘付けでこちらには注意を払っていない。


 その様子を確認した見習い占い師デボラは、ゆっくりと口を開いた。



≪たぶん、フィオさんの恋は実らないよ≫




用語補足


TKシザース

 MMA黎明期に使用された、下のポジションから体勢を入れ替えるテクニックのひとつ。

 本文中でのクルスは腕関節を狙ったが、体勢によっては足関節も狙える。

 発案者は初期UFCで活躍し、解説者としても名高い高坂剛。


ニンジャチョーク

 変形のネックロック系のチョークで、似た形のフロントチョークとは腕の通し方が異なる。

 ラバーガードから狙う他、タックルのカウンターとして狙う形もある。

 勝村周一朗が修斗フェザー級のタイトルマッチをこの技で勝利し、その存在が知られるようになった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月4日(水) の予定です。


ご期待ください。



※10月 3日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月15日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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